欧州海上安全レポート
26-18-1. 英国洋上風力施設の緊急対応体制の整備
7月15日、英国海事沿岸警備庁(MCA)は、洋上風力、波力、潮力及び海流発電施設を対象とする「Hub Emergency Response Co-operation Plan(ERCoP)」様式を第2版から第3版(2026年版)へ改訂し、GOV.UK上で公開しました。ERCoPは、施設の開発・運営事業者が自ら記入して英国沿岸警備隊(HMCG)の洋上エネルギー担当部門へ提出する定型様式であり、施設の位置、緊急停止の手順と所要時間、24時間対応の緊急連絡先、支援船舶の能力及び運用限界等を記載します。事故発生時に救難調整本部(MRCC)が捜索救難(SAR)及び緊急対応を直ちに開始できるよう、必要な情報をあらかじめ共有しておくことを目的とするものです。MCAは建設、運用及び廃止の各段階についてERCoPの作成を求めており、事業者は所有者や施設情報に変更があった場合に改訂版を提出するほか、少なくとも年1回、内容を更新してHMCGへ送付することとされています。様式の改訂自体は技術的な更新ですが、関連するガイダンス文書も2026年5月に改訂され、浮体式洋上風力や廃止措置に関する記述が追加されるなど、洋上再生可能エネルギー施設の拡大と多様化を受けた制度の見直しが継続的に進められています。[1-1] [1-2]
EUは2050年の気候中立(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、排出を実質ゼロとすること)の達成に向け、「EU Offshore Renewable Energy Strategy」において、洋上風力発電設備容量を2020年の約12GWから、2030年までに5倍の60GW、2050年までに25倍の300GWへ拡大する目標を掲げています。これは、2030年まで年平均約5GW、その後2050年までは年平均12GWのペースで新設を続ける計算となります。さらに、浮体式風力、波力及び潮力などの海洋エネルギーについても2050年までに約40GWの導入を目指しています。近年は北海、バルト海、大西洋を中心に複数国共同による洋上送電網やエネルギーハブの整備も進み、洋上再生可能エネルギーは個別プロジェクトから欧州のエネルギーシステムを支える重要インフラへと発展しつつあります。[1-3] [1-4]
英国においても洋上風力の導入が急速に進んでおり、現在、約16GW超の設備容量を有し、中国に次ぐ世界第2位の導入国となっています。政府は2030年までに43~50GWへの拡大を目標としており、Dogger Bankをはじめとする世界最大級の洋上風力発電所が順次運転を開始しています。これに伴い、発電施設の大型化、沖合化、隣接開発の増加が進むとともに、建設・保守作業員の往来や、作業員輸送船(CTV)、サービス運航船(SOV)、ヘリコプター等の運航も増加し、海上交通や救難活動を取り巻く環境は大きく変化しています。[1-5] [1-6]
このような環境変化を受け、MCAはERCoPを建設、運用及び廃止までのライフサイクル全体で整備・維持することを求めています。洋上施設では、作業員の負傷、火災、船舶との衝突、落水事故、設備故障、避難等が発生した場合、陸上施設とは異なり救助機関が現場へ到達するまで相当の時間を要します。このため、施設の位置、構造、要員数、通信手段、ヘリコプター運用、支援船舶等をHMCGと事前共有し、事業者とHMCGの役割を明確化することが不可欠となります。また、既存施設周辺で新たな施設や拡張区域が整備される場合には、ERCoP(緊急対応計画)についても更新することが求められています。[1-1] [1-2]
さらに欧州では、洋上再生可能エネルギー施設の拡大に伴い、事故対応だけでなく、重要インフラ防護の観点からも海上安全体制の強化が進められています。2022年のノルドストリーム海底パイプライン爆発以降、洋上風力発電所、海底送電ケーブル及び海底通信ケーブルは、妨害行為やサイバー攻撃等への備えを要する重要インフラとして位置付けられるようになりました。2023年の「Ostend Declaration」では、北海沿岸国が2030年までに約120GW、2050年までに約300GWの洋上風力導入を目指すとされました。同じ北海サミットの機会に各国の安全保障担当者が海底インフラの防護について協議し、2024年の共同宣言を経て、2025年には保安協力の枠組みであるNorthSealが始動しています。英国でも、洋上風力の安全確保に関するMCAのガイダンスに2024年から保安に関する節が設けられており、事故対応と保安の両面から体制整備が進んでいます。[1-3] [1-7] [1-8]
こうした動きを支えるため、欧州海上安全機関(EMSA)も従来の船舶安全や油濁対策に加え、洋上風力発電所周辺の航行安全、支援船舶の運航、海底インフラ監視、ドローン・無人艇を活用した海域監視等への支援を拡充しつつあります。加盟国沿岸警備機関に対して衛星監視や無人航空機サービスを提供するなど、洋上再生可能エネルギー施設の増加を見据えた広域監視能力の高度化も進められています。[1-9] [1-10] [1-11]
今回の改訂は、英国一国の手続の見直しにとどまるものではありません。欧州では洋上再生可能エネルギーの拡大と並行して、捜索救難(SAR)、重要インフラ防護及び広域監視の各分野で体制整備が進んでおり、本件もその一環に位置付けられます。洋上施設の大型化・沖合化・集積化が進めば、沿岸警備機関に求められる役割は、従来の海難救助に加え、多数の洋上施設や海底インフラを対象とした広域的な安全管理・危機管理へと広がっていくものと考えられます。
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)
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