欧州海上安全レポート
欧州対外行動庁(EEAS:European External Action Service)は、2025年10月7日にパートナーシップ協力協定(PCA:Partnership Cooperation Agreement)[1] [2]に基づき開催された第3回海上協力小委員会(SCM:Subcommittee on Maritime Cooperation)の結果について報告しました[3]。
欧州連合(EU)とフィリピンは、2018年に発効したPCAに基づき、海洋安全保障を含む課題について、定期的な対話を行っています。
今回の第3回SCMにおいて、EUとフィリピンは南シナ海における航行及び上空飛行の自由、沿岸国の主権的権利など、国連海洋法条約(UNCLOS)に定める原則の遵守を確認するとともに、海上保安分野や重要海洋インフラの保護及び「影の船団(Shadow Fleet)」対策における継続的な協力も約束しています。
- 備考:EU海上協力枠組みの多国間展開
EU・フィリピン間のSCMのような専門的小委員会枠組みは、EUが全ての国との間で確立しているわけではありません。EUはインドネシア、タイ、マレーシアなどインド太平洋地域の主要国との間でPCAを有しており[4] [5]、二国間および多国間の海洋安全保障対話を実施しています[6]。その一方で、海洋状況把握の強化と情報共有を目的とするCRIMARIOプロジェクトのような広域的な協力メカニズムも並行して推進されています[7]。フィリピンとのSCMは、インド太平洋地域におけるEUの戦略的関心と、両国間の協力関係の深さを反映した、比較的新しく確立された専門的枠組みと位置づけられます。
海上保安分野の協力
この協力の実践的基盤となっているのが、CRIMARIO(Critical Maritime Routes in the Indo-Pacific:インド太平洋における重要海上ルートプロジェクト)が開発したIORIS(Indo-Pacific Regional Information Sharing:インド太平洋地域情報共有)プラットフォームです。
フィリピン沿岸警備隊と海事産業庁は2023年9月に、このプラットフォームの利用に関するPCAに署名し[8]、40以上の国家・地域機関が参加する協力体制の一部となりました。IORISは、参加国の海上保安機関等がリアルタイムで情報を共有し、海洋安全保障上の脅威や海上での違法行為に協調して対応するための、安全で中立的なWebベースのプラットフォームです。
Shadow Fleet対策
Shadow Fleetへの対処は、フィリピンを含む沿岸国にとって直面する重要な課題の一つです。自動識別システム(AIS)トランスポンダーを無効化する船舶が、西側制裁の回避や違法・無報告・無規制漁業(IUU fishing)、その他の違法活動に悪用されていることが指摘されており[9] [10]、特に管理が不十分で漁業資源が豊富な地域や、領土的紛争のある海域で顕著です[11]。この問題への対処に向けて、フィリピンは2025年10月、国防大学とフィリピン商船学校主催の「Shadow Fleet検知と海域状況把握(MDA:Maritime Domain Awareness)」セミナーを開催し[12]、Shadow Fleetを検知・追跡するための技術と、機関間協力体制の強化に着手しました。
また、EUとフィリピンは、2025年6月にマニラで立ち上げられたEU–フィリピン安全保障・防衛対話という新たなプラットフォームを通じて[3]、重要海洋インフラの保護とShadow Fleet対策に関する対話をさらに進めていく方針です。
今後の展開
このSCMの定期的な対話を継続することで、インド太平洋地域における法に基づく海洋秩序の維持と、EUおよびフィリピンの戦略的パートナーシップの一層の深化が期待されています。次回会合は2026年にマニラで開催予定です[3]。
- 備考:日本との海洋安全保障協力関係
EU・日本間の海洋協力枠組みは、インド太平洋地域における協力の重要な一例です。2024年11月、EUと日本は包括的な安全保障・防衛パートナーシップを発表し[13]、これはEUがアジア太平洋(インド太平洋)地域の国家と締結した安全保障・防衛パートナーシップとしては最初のものとなりました。本パートナーシップに基づき、両者は海事セキュリティ、サイバーセキュリティ、ハイブリッド脅威、テロ対策などの分野で協力を進めることに合意しています[14]。EU・日本間における日本海上保安庁との具体的な二者間協力枠組みについては、公開情報ベースでは公式な協力協定は確認されていません。現状では防衛・軍事領域[15]における自衛隊を中心とした枠組みが主流となっています。
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)