欧州海上安全レポート

No.26-19「海外情報 IMRF ワークショップ 参加報告」
No.26-19_1 記事

PDF(Japanese) /  PDF(English)

 

ロンドンに本部を置くIMRF(International Maritime Rescue Federation:国際海上救難連盟)は、世界各国の海上捜索救助(SAR)機関、救難調整機関(RCC)等の国際的な連携を推進する団体です。当ロンドン事務所との関係については、No.26-03「海外情報 国際救難連盟の活動紹介」レポートにおいて紹介したところです。

今般、IMRFから「Global Maritime Search and Rescue System Review」アジア太平洋地域ワークショップへの参加招待を受け、海上保安大学校の竹本教官とともに日本海難防止協会ロンドン事務所が出席しました。本ワークショップは、Lloyd’s Register Foundationの支援を受けてIMRFが実施する国際調査プロジェクト「Global Maritime Search and Rescue System Review」の一環として開催されたものであり、世界の海上SAR制度の実態を調査・分析し、将来的な課題や改善方策を取りまとめるための地域検証プロセスとして位置付けられています。調査結果は、2027年1月に予定される最終報告書に反映され、国際的なSARシステムの改善に向けた提言として取りまとめられる予定です。

 

本ワークショップでは、アジア太平洋地域の実務者として、各国・地域のSAR体制や課題に関する知見を提供し、Global SAR Reviewの検討に貢献しました。一方で、日本にとっても、各国との比較を通じて我が国のSAR体制の強みや課題を客観的に把握するとともに、今後の海上保安庁の業務運営や人材育成の在り方について有益な示唆を得る貴重な機会となりました。

 

別添は、竹本教官から提供を受けた参加報告であり、ワークショップで議論された世界及びアジア太平洋地域におけるSARを取り巻く課題、将来の方向性及び日本への示唆について取りまとめたものです。

(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)

 

 

【別添】

IMRF Global Maritime SAR System Review

アジア太平洋地域ワークショップ 参加報告

~ 世界の海上SAR制度レビューに向けた地域ワークショップ ~

海上保安大学校 海上安全学講座 竹本七海

 

1.はじめに

 

2026年7月26日(日)から27日(月)にかけて、「IMRF Global Maritime Search and Rescue System Review Regional Workshop for Asia–Pacific」(以下、本ワークショップ)がマレーシア・クアラルンプールのRoyale Chulan Hotelで開催されました。日本からは日本海難防止協会ロンドン事務所長と筆者が出席しましたので、本稿では、その概要と所感について報告します。

IMRF(International Maritime Rescue Federation:国際海上救難連盟)は、Lloyd’s Register Foundation(ロイドレジスター財団)の支援を受け、2025年6月より20か月間にわたる調査「Global Maritime Search and Rescue System Review」(以下、本レビュー)を実施しています。本レビューでは、SAR(Search and Rescue:捜索救助)制度の運用実態をグローバル・地域・国家・ローカルの各レベルで把握し、SARシステムにおけるギャップや将来的な課題・機会を明らかにします。これらを踏まえ、より強靭で包摂的な国際SARネットワークの構築に向けた実務的な提言がとりまとめられ、その報告会が2027年1月にイギリスのロンドンで開催される予定です。

本レビューの一環として、世界各地で計4回の地域ワークショップが開催されており、本ワークショップは、そのうちのアジア太平洋地域を対象としたものです。参加者は、同地域の海上保安機関、捜索救助調整機関(RCC)、業界団体、民間企業、教育・研究機関等多岐にわたります。本ワークショップは、この多様な参加者により、アジア太平洋地域の現状と将来のSARにおける課題・強み・ニーズ等を集約・検証し、それらを世界的なSARシステム改善のための提言に反映させることを目的としています。

 

2.ワークショップ概要

(1)IMRF Global Maritime SAR System Review

1日目は、最初に、IMRFのSteve Wills氏より、本レビューの調査手法と進捗状況についての説明が行われました。本レビューの調査は、フェーズ1(現状分析と文献レビュー)、フェーズ2(地域ワークショップ開催とデータ検証)、フェーズ3(戦略的提言と報告)の三つの段階に分けられます。フェーズ1では、文献レビューによる既存情報の収集、インタビュー・アンケートによる調査、外部機関からのデータ収集が行われ、それらの作業はすでに完了しています。現在はフェーズ2で、これまでにアメリカ、ヨーロッパ、アフリカで地域ワークショップが実施されており、アジア太平洋地域の本ワークショップが最後となります。

今後は、最終フェーズに入り、すべてのデータ・意見を統合し、全世界及び地域レベルへの提言として報告書が作成されます。本レビューの結果は、政策決定や資金提供等の判断においてエビデンスとして用いられることを想定しており、SARシステムの改善につながることが期待されています。Wills氏は「本レビューは終点ではなく出発点であり、報告書を出すこと自体が目的ではない」と会議の中で繰り返し強調しており、このことからも、本レビューはシステムの変革によるSAR能力の向上という最終的な目標を見据えていることがわかります。

本レビューの概要説明の後、フェーズ1の初期調査から得られた知見が共有されました。文献レビューでは、学術文献と灰色文献(政府報告書、SAR関連出版物、業界レポート等)、ソーシャルメディアが調査対象として含まれています。さらに、SARシステムの関係者39名に対する構造化インタビューが実施され、オンライン上のアンケートでは、約140件の回答がありました。外部機関のデータとしては、インマルサットのGMDSSにおける遭難通報、SAR組織の救助件数、商船のSAR対応件数、WHOのSAR能力に関するデータが用いられていました。

これらを踏まえた、以下の課題が存在することが説明されました。本稿では、主なものについて取り上げます。世界的なSARにおいては、紛争や移民問題、気候変動によりSARにおける需要やリスクが増大する一方で、高所得国と低所得国の資源格差が大きく、商船へのSARコストの転嫁も進んでいます。無人システムやAIなどの新技術が台頭していますが、SOLAS条約上の救助義務の履行等、現実的な実装と規制上の矛盾が議論されています。

アジア太平洋地域に関していえば、一部の国では高度なSARシステムを持ち大規模投資を実施する一方で、太平洋島嶼国は発展途上で資源的制約があるなど、その格差が非常に大きいという特徴がみられます。また、多機関による断片的なガバナンスと広大な捜索救助区域に対する活動時間の長さや不十分な人員・装備が構造的な課題として挙げられます。国際連携の観点からは、オーストラリアやニュージーランドは太平洋島嶼国のハブとして機能する一方で、南シナ海などの政治的緊張により隣国とのSAR協力が阻害されています。また、オセアニア地域とは異なり、アジアのSAR機関は救助者のメンタルケアなど事故や不具合の予防への取り組みは限定的となっています。

最後に、Mentimeterを用いて、IMRFのこれまでのレビュー結果に対する参加者の意見が求められました。例えば「SARデータが国ごとに断片的・不整合であるというレビュー結果は、あなたの経験と一致するか」「『アジア太平洋地域のSARシステムは、気候変動に起因する洪水等のインシデントに、まだ十分適応できていない』という評価に同意するか」などの質問について、参加者は5段階で評価を実施しました。誤り・不正確な点や欠落している論点については、自由記述・匿名で回答を行いました。

(2)各地域における課題について議論・発表

2日目は、1日目の内容を踏まえ、海上SARを取り巻くアジア太平洋地域固有の課題と機会についてグループワークを行いました。グループはおおねエリアごとに分かれ筆者のグループは韓国、中国、日本からのメンバーで構成されました。各セッションにおいてグループで30分間の検討時間が設けられ、その後1グループ5分間で全体に向けて発表しました。一つ目のセッションでは、課題と機会に影響する外部要因がテーマであり、検討のフレームワークとしてPESTLE(Political: 政治、Economic: 経済、Social: 社会、Technological: 技術、Legal: 法、Environmental: 環境)が提示されました。二つ目のセッションでは内部要因をテーマに、SWOT分析(Strengths: 強み、Weaknesses: 弱み、Opportunities: 機会、Threats: 脅威)によりSARの課題と機会を整理するよう説明を受けました。

筆者のグループからは、外部要因として、気候変動に伴う台風の多発、人口動態の変化や高齢化、AI等の新技術の導入を挙げました。他のグループでは、政治的介入がSARの実施を左右することの問題点をあえて論点として取り上げており、政治的課題を議論しないとした筆者のグループの判断とは異なり印象的でした。また、漁民にライフジャケットを配布しても伝統的慣習から着用を拒まれたというエピソードは、支援を行う際の文化・社会的背景の理解の重要性を示す有益な指摘であったと考えられます。

内部要因について、筆者のグループは潜水士の問題について取り上げ、SWOT分析を行いました。発表の際には、日中韓の3か国とも水中での救助が可能な潜水士チームを有しており、高度な技術力を開発・運用できる基盤がある一方で、特殊なケースでの救助や人的リソースの限界があり、あらゆる事案には対応できないことを説明しました。今後、AIや無人の水中救助技術が進展すると、それらの限界を克服する可能性があることを示しました。他のグループでは、一般的なSAR活動における法的枠組みや手順を中心に議論が展開されていました。この内部要因における議論について、組織内の要因は外からの影響を受けることが大いにあり、一概に外部要因と切り離して議論することは困難であるように思います。特にSWOT分析の「O: 機会」と「T: 脅威」については外部の要素が強いため、筆者のグループでも内外が混在していた場面もありましたし、他のグループでも同じような状況であったと見受けられました。したがって、一つ目のセッションで整理した外部要因に対応する内部要因について考察するか、SWOT分析で外部と内部の要因を同時に分析する方が、議論の進行として理解しやすかったのではないかと考えられます。

その後、各参加者から、SARシステムにおける自身の見解についての発表が行われました。筆者の発表では、まず、日本の海上保安庁の組織を概観した上で、SAR活動が海上保安庁法及び日米SAR協定に基づいて行われていることを述べました。続いて、特殊救難隊をはじめとする高い専門性や全国即応体制を組織の強みとして紹介し、職員の採用難や離職率の上昇、民間との連携を課題として挙げました。現在の取り組みとして、無人航空機の運用や官民連携アプリの導入等の改善を進める一方で、今後は人材確保やサイバーセキュリティ、自動運航船等新技術の普及への対応が求められる点を指摘しました。それぞれの国において自国特有の課題や取り組みなどが紹介されましたが、その中でもAIやドローン等の新技術の活用を強く意識しているように感じられました。

最後は、SAR活動に関する二つの論点(データ収集と訓練)について、再度グループワークを実施しました。SARデータの収集については、各グループで組織におけるデータの収集方法と共有状況やそれらの障壁・課題について討議を行いました。このテーマは、全体での議論は行われなかったため、他のグループの状況についてはわかりませんが、筆者の日中韓グループにおける議論の中では、SARの活動件数等の統計レベルのデータは年次報告書において公開されているものの、投入勢力の運用状況を含む事案ごとの活動の詳細に関しては機密性が高く、原則として公開されないことが共通の認識として確認されました。

SAR訓練に関しては、現行の訓練がどのように実施・認証・普及されているかを確認し、課題の抽出と改善策の検討を行いました。最初に各グループで話し合いを行い、その後全体でその内容が共有されました。日本の場合は、ほぼすべてが現場のOJT (On-the-Job Training)により実施されていることを説明しました。他国においても、何らかの形でOJTを組み合わせて行われているようでした。これからの訓練のニーズとして、現場対応者に対する技術的な訓練の充実に加え、SMC(search and rescue mission coordinator: 捜索救助活動調整者)やOSC(on-scene coordinator: 現場調整者)等の意思決定者向けの教育やメンタルヘルス対策等のノンテクニカルスキルに関する需要が特に大きいことが指摘されました。

 

3.おわりに・所感

 

本ワークショップを通じて、アジア太平洋地域における各国のSAR体制や現状について学ぶことができました。それだけでなく、そうした他国の取り組みを知ることで、日本の海難救助体制を改めて見つめ直す良い機会となりました。日本が他国に引けを取らない高い技術・専門性を有しているのは紛れもない事実です。しかしその一方で、それらは日本独自のやり方として発展してきた部分が大きく、組織内の常識や思い込みにとらわれやすいという危うさをはらんでいるように思います。今回のようなワークショップの場で海外の現状を知り、外の視点から自己を相対化することの重要性を感じました。

本レビューの最終報告書が2027年1月に公表される予定です。その結果やそれをもとに検討される今後の施策の動向を継続的に把握し、海上保安庁の現場や海上保安大学校の教育にフィードバックすることで、今後の海難救助能力の維持と向上につなげていきたいと考えています。

(海上保安大学校 海上安全学講座 竹本七海)

 

資料閲覧 その他