欧州海上安全レポート
26-15-4. 英国将来予測報告と海上物流リスク
2026年6月15日、英国科学庁(Government Office for Science)は、英国の経済・安全保障を支える国際サプライチェーンの脆弱性と強靱化の方向性を2040年頃まで見据えて分析した将来予測報告書「Global Supply Chains: A Foresight report on risk and resilience」を公表しました。[4-1]
報告書は、サプライチェーンを企業の調達・物流問題にとどまらない国家の経済安全保障課題と位置付け、直線的な「鎖」ではなく複雑に結び付いた「ネットワーク」として捉えます。そのため、特定の供給国・企業・港湾・海上チョークポイントに依存が集中すると、そこで途絶が生じた際に影響が広範囲へ波及するとされます。
海事分野では、スエズ運河、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、パナマ運河などが重要リスク地点とされ、紛争や気候変動に加え料金引上げもその引き金に挙げられています。報告書の狙いは新たな規制の導入ではなく、政府・産業界・学界でリスク認識を共有し、供給網の集中・依存・途絶リスクを国家レベルで管理する必要性を示すことにあります。[4-2]
この文脈で、スエズ運河庁が7月15日から各種サーチャージを引き上げる方針を示したことは、報告書の問題意識を裏付ける事例です。スエズは人工運河であり、紅海情勢の悪化で落ち込んだ収入を船舶の復帰局面で回復・最大化する狙いとみられ、有料インフラの利用料として商業的には理解できます。[4-3]
一方、ホルムズ海峡は注意が必要です。報道では、イランがイラン及びオマーンの定める条件下での通航を認め、その中に通航料を含める趣旨を示しているとされます。しかしホルムズは自然海峡であり、国際法上は通過通航権が認められ、通航自体への一般的な料金は原則徴収できず、徴収可能なのは灯台・水先・救助など具体的サービスの対価に限られます。[4-4] [4-4]
自然海峡での料金例であるボスポラス・ダーダネルス両海峡(1936年モントルー条約)やエーレスンド海峡(1857年に廃止)は、いずれも特殊・歴史的な枠組みであり、ホルムズにそのまま援用することはできません。 ([4-5])
結論として、スエズの料金改定はホルムズでの通航料徴収を法的に正当化しません。ただし、チョークポイント収益化の論理として政治的に利用される余地があり、緊張下で要衝の収益化が連鎖するリスクは、報告書が警告したネットワークの脆弱性そのものを映し出しています。[4-6] [4-7]
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)
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