欧州海上安全レポート

No.26-07「海外情報 Seabot Maritime社 訪問」
No.26-07 記事

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1、はじめに

 自動運航船(MASS: Maritime Autonomous Surface Ships)に関して、これまでのレポートでは、主に技術面(AI・センシング技術の発展や通信インフラの高度化など)[1]や制度面(IMOによるMASSコード策定など)[2][3]から調査内容を紹介してきました。この国際的な枠組みの議論と並行して、各国は自国の制度の枠組みの中で、実証実験などの取組を進めています。[4][5]

 

こうした最新動向を踏まえ、今回は、教育・訓練面に焦点を当て、サウサンプトンの国立海洋学センター(NOC:National Oceanography Centre)[6]に拠点を置くSeaBot Maritime社[7](以下、SeaBot社)を訪問しました。同社は、英国海事沿岸警備庁(MCA:Maritime and Coastguard Agency)[8]から遠隔オペレーター訓練の任意認証を世界で初めて取得した企業です。本報告では、今回の施設見学および意見交換から得られた知見をもとに、英国における実践的なROC(Remote Operation Centre)要員の育成に関する取組を紹介します。

 

 

2、英国におけるMASS制度概観

(1)英国の推進枠組み

 これまでのレポート[9]で述べたように、MCAは、既存の法律や規則の解釈運用を通じてMASSなどの革新的な技術に対応しています。それだけではカバーしきれない部分については、MGN664[10]等のガイダンスを適用し、必要に応じて既存規則の適用除外を付与するという柔軟なアプローチを採用しています。

 このような制度における自律運航船の実用化において、遠隔操作拠点(ROC:Remote Operation Centre)は重要な役割を担います。ROCとは、陸上など離れた場所から、海上の船舶の監視、操船、およびシステム制御を行うための施設を指します。

 現在、英国ではこのROCに対する単一の詳細な法的規定は設けられていません。その代わり、「Workboat Code Edition 3[11]」のROC関連要件やMGN 703[12]などのガイダンスによる法的な枠組み、産業界の実務規範(Code of Practice)等を組み合わせることで、個別に安全性を立証する運用が採られています。

 MGN 703では、ROCで働くオペレーターの訓練要件について、業務を行う前に、遠隔運航訓練、GMDSS[13]訓練、サイバーセキュリティ訓練等を修了することが求められています。またAnnex Aでは、通信遅延への対応、状況認識、障害時対応、疲労管理など、遠隔運航に必要な技能が示されています。[14]Seabot社は、このような訓練・能力要件の枠組みの下でROC訓練を提供している企業の一つです。

 

(2)SeaBot Maritime社の概要

 SeaBot社は2017年ポーツマスで設立された英国のベンチャー企業(従業員12名)であり、今回訪問したNOCにも拠点を有しています。NOCは研究船2隻を運用する英国の主要な海洋研究拠点であり、中でも、今回訪問したInnovation Hub[15]は、海洋技術やイノベーションの支援を目的とする施設です。

 同社の最高経営責任者(CEO)であるGordon Meadow[16]氏は、イギリスの代表的な海事教育機関であるウォルサッシュ海事アカデミー(Warsash Maritime Academy)[17]で教鞭をとった経験を持ち、海事分野の教育・訓練の専門家です。現在は、イギリス海事工学・科学・技術研究所(IMarEST)[18]のフェローも務めています。同社の主な事業は以下の2点です。

・ROC訓練用モジュール及びAI活用した訓練システムの提供

 従来の座学にとどまらず、デジタルツイン、Eラーニング、詳細な3Dモデルを活用したモジュール式訓練システムを提供しています。システム内では、AIが「Officer of the Watch(当直航海士)」の役割を担い、COLREGs[19]に沿った3つのタスク(①航行・衝突回避、②自律型無人潜水機(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)の発進・回収、③AUVのタスキングと制御)をサポートします。人間のオペレーターはその上位に位置する「Senior Officer of the Watch(上級当直士官)」としてシステム全体を監督する体制を訓練しています。

 

・MCA認定のリモートオペレーション認定訓練の提供

 2022年10月に、同社は、MCAからMASS遠隔オペレーター訓練として世界初の任意認定(Voluntary Recognition)を取得しました。これまでに、海洋関連企業であるFugro社がこの認定プログラムを受講しました。また、中東で行われたこのトレーニングにはアブダビの港湾・物流グループAD Ports Groupの代表やUAEの海事当局の代表者も参加しました。[20]

 

 

3、SeaBot社が提供するプログラム

(1)訓練プログラムの概要

 SeaBotの実践トレーニングは2週間で構成されています。まず理論を学び、次に画面上での方向感覚やハードウェアの操作を習得した後、警戒船とともに無人水上船(USV:Unmanned Surface Vehicle)[21]を実際の混雑した港に出し、他船と並走する際のリスク管理を学ぶカリキュラムとなっています。なお、英国では現在、USVを運用する際には警戒船の随伴が規定されています。

 Ocean Infinity社など向けにクロススキリング(多能工化)プログラムも開発しています。ROV(遠隔操作型の無人潜水機)の操作・診断・メンテナンスといった業務を1名の技術者が担えるよう設計されており、15〜30分単位で構成された22種類のEラーニングモジュールを独自開発しています。訓練内容は操船技術に留まらず、AIの基礎やサイバーセキュリティなど、システム全体を理解するための知識も包括しています。また、SBM Offshore社向けには、船全体のデジタルツインモデルを構築しており、各部品を3D環境で確認・学習することができる訓練環境を提供しています。

 このようなデジタルツインを活用した教育は、近年の船上システムの高度化・複雑化に対応する上でも重要です。今年の2月に参加した海洋支援船業界向けの国際会議、AOSJ:Annual Offshore Support Journal Conferenceにおいても、乗組員がこうした技術変化に適応していくためには、仮想的な訓練環境の提供が不可欠であるとの議論がなされていました。SeaBot社のプログラムは、こうした方向性を具体的に体現する取組の一つといえます。

 

(2)シミュレータートレーニングの様子

 デジタルツインを用いたデモンストレーションでは、36メートルのUSV(無人水上艇)をモデルに、どのように操作するかを、スクリーン上で見学しました。このデモンストレーションでは、1名のオペレーターがUSVの操縦と、AUVの投入・回収の両方を同時に管理していました。SeaBot社の開発担当者によると、AIはOfficer of the Watch(当直航海士)のような役割を担っているとのことでした。なお、このシミュレーション上では、霧や風などの気象条件、海流の変化のほか、カメラの故障、通信断絶、自律システムの障害、GPSのなりすまし(スプーフィング)といった様々なトラブルも再現できるとのことでした。

 

(3)その他、規制・標準化への貢献

(ア)AI・自律化と人間中心設計

 同社CEOのGordon Meadow氏は、SeaBot社の取組の根底にある哲学として、「人間中心(Human-centric)」を繰り返し強調していました。AIは人間を代替するものではなく、人間の能力を拡張するもの(”Us plus us more”)と位置付けており、AIを単なる自動化ツールではなく「エージェント的同僚(Agentic colleague)」や「AIの当直士官」として扱い、人間とAIがチームとして協働する(Human-Machine Teaming)ためのインターフェースや訓練手法を開発しています。

 こうした人間中心の哲学は、ROCオペレーターに求められる資格・能力要件の議論とも密接に結びついています。もっとも、ROCオペレーターに従来の船員資格要件を求めるか否かについて、IMOにおいては、現在も議論されており、国際的な合意は未確立であるのが現状です。[22] 一方で、イギリス国内においては、ROCオペレーターに対する資格要件が具体化しつつあります。現在は前提条件として、「小型作業船基準 第3版(The Workboat Code Edition 3)に定められた要件」、または「改正STCW 1978で定められた運用レベルの資格(STCW II/1無制限など)」、あるいは「甲板部職員の資格証明書(CoCクラス1または2)」のいずれかを保持していることが求められる方向での枠組みを示しています[23]。

 

  • 規制・標準化への貢献 

 Gordon Meadow氏はまた、複数国(公開情報では約8か国)の海事当局がメンバーであるワーキンググループの「MASSPeople」をFugro社とともに設立しています。[24][25]同グループは、MASSに関する能力基準(Competency standards)の整備に向けた検討を行い、その成果をIMOへの提出文書や公開報告書の形で公表しています。[26]こうした活動は、MASSに関する国際的な議論や標準化の進展に寄与するものと考えられます。

 

 

4、おわりに

 SeaBot社は、「人間とAIの協働」を重視し、実際のオペレーター育成のための実践的なカリキュラムの整備を推進していました。今回の訪問を通じて、ROCの社会実装には、技術開発だけでなく、こうした教育体制や社会的なルール作りなど様々な要素が必要だと感じました。

 イギリスでは、産学官の連携支援の枠組みの中で、機動力のあるベンチャー企業の専門性が積極的に取り入れられています。Seabot社がMCAからの公式な認証を他社に先駆けて取得した事例は、その好例となります。さらに特筆すべきことは、自社が開発した能力基準を独占せず、あえて世界に無償で公開している点です。業界全体に貢献しながら、結果として自社の基準を「世界標準」へと育てていこうとする姿勢が見受けられました。社会実装に向けて機運が高まるMASS分野において、こうした知的貢献を基盤とした実践は、示唆を与えるものと言えます。

(公益社団法人 日本海難防止協会 ロンドン事務所 研究員 川上慶大)

 

 

 

【参考資料】

[1] https://www.nikkaibo.or.jp/london/umi604ex

[2] https://www.nikkaibo.or.jp/london/no-25-08%e3%80%8cicmass-2025%e5%8f%82%e5%8a%a0%e5%a0%b1%e5%91%8a%e3%80%8d

[3] https://www.nikkaibo.or.jp/london/no-25-10%e3%80%8c%e6%b5%b7%e5%a4%96%e6%83%85%e5%a0%b1%e3%80%80mass-north-sea-mou-symposium%e5%8f%82%e5%8a%a0%e5%a0%b1%e5%91%8a%e3%80%8d

[4] https://www.nikkaibo.or.jp/london/no-26-06%e3%80%8c%e7%89%b9%e9%9b%86%e3%80%80%e6%ac%a7%e5%b7%9e%e3%81%ae%e7%84%a1%e4%ba%ba%e9%81%8b%e8%88%aa%e8%88%b9%e7%ad%89%e5%b0%8e%e5%85%a5pt%e5%8b%95%e5%90%91%e2%91%a1%e3%80%8d

[5] https://www.nikkaibo.or.jp/london/no-25-06%e3%80%8c%e7%89%b9%e9%9b%86%e3%80%80%e6%ac%a7%e5%b7%9e%e3%81%ae%e7%84%a1%e4%ba%ba%e9%81%8b%e8%88%aa%e8%88%b9%e7%ad%89-%e5%b0%8e%e5%85%a5%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88

[6] https://noc.ac.uk/

[7] https://www.seabotmaritime.com/

[8] https://www.gov.uk/government/organisations/maritime-and-coastguard-agency

[9] https://www.nikkaibo.or.jp/london/no-26-05%e3%80%8c%e6%b5%b7%e5%a4%96%e6%83%85%e5%a0%b1%e3%80%80oceanology-international-2026-%e5%8f%82%e5%8a%a0%e5%a0%b1%e5%91%8a%e3%80%8d

[10] https://www.gov.uk/government/publications/mgn-664-mf-amendment-1-certification-process-for-vessels-using-innovative-technology

[11] https://www.gov.uk/government/publications/the-workboat-code-edition-3

[12] https://www.gov.uk/government/publications/mgn-703-information-concerning-the-training-and-competence-of-remote-operators-working-with-remotely-operated-unmanned-vessels-rouvs-certified-und/mgn-703-information-concerning-the-training-and-competence-of-remote-operators-working-with-remotely-operated-unmanned-vessels-rouvs-certified-und

[13] https://www.gov.uk/maritime-safety-weather-and-navigation/the-global-maritime-distress-and-safety-system

[14] https://www.gov.uk/government/publications/mgn-703-information-concerning-the-training-and-competence-of-remote-operators-working-with-remotely-operated-unmanned-vessels-rouvs-certified-und/mgn-703-information-concerning-the-training-and-competence-of-remote-operators-working-with-remotely-operated-unmanned-vessels-rouvs-certified-und?utm_source=chatgpt.com#remote-operator-training-and-competence

[15] https://innovationcentre.noc.ac.uk/

[16] https://www.linkedin.com/in/gordonmeadow/

[17] https://maritime.solent.ac.uk/

[18] https://www.imarest.org/

[19] https://www.imo.org/en/ourwork/safety/pages/preventing-collisions.aspx

[20] https://www.maritimeindustries.org/news/seabot-maritime-receives-uk-maritime-and-coastguard-agency-mca-voluntary-recognition-pioneering-mass-remote-operator-training

[21] https://oceanexplorer.noaa.gov/technology/usv/

[22] https://www.imo.org/en/mediacentre/meetingsummaries/pages/joint-msc-leg-fal-working-group-on-mass.aspx

[23] https://assets.publishing.service.gov.uk/media/686299f73464d9c0ad609d30/03._RO_CERTIFICATION_FRAMEWORK.pdf

[24] https://www.fugro.com/news/business-news/2021/fugro-launches-masspeople-international-working-group-for-remote-and-autonomous-training-standards

[25] https://www.imarest.org/resource/future-proofing-competency-standards-on-autonomous-surface-ships.html

[26] https://www.masspeople.org/imo-submission

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