欧州海上安全レポート
本調査レポートでは、No.25-06 「特集記事 欧州における無人運航船等の導入プロジェク
ト動向」 に続き、一般公開情報等をもとに、欧州各国における MASS に係る法整備状況と進
行中プロジェクトの現状を紹介します。
目次
はじめに
1.英国の動向
2.ドイツの動向
3.オランダの動向
4.デンマークの動向
5.スペインの動向
6.フランスの動向
7.イタリアの動向
8.ギリシャの動向
まとめ
本文
はじめに
外航海運は、その性質上国際的なものであり、MASSも例外ではありません。したがって、重要な進展の多くはIMOにおいて、またある程度はEUレベルで行われています。現在のスケジュールによれば、IMOが策定した国際的なMASSコードは2032年に拘束力を持つことになっており、任意コードは今年後半に発効される予定です。
EUレベルでは、欧州委員会が2020年10月にMASS試験に関する運用ガイドライン[0-1]を採択しました。最近公表された「EU産業海事戦略」[0-2]では、欧州委員会が「IMOおよびEUレベルの両方で、無人船舶ソリューションのための規制および技術的枠組みを追求する」と表明しています。特にEUレベルにおいて、欧州委員会は「加盟国での実施を支援し、EUの技術的リーダーシップに貢献するため、海上における指定試験・実証およびリスク評価に関するEUガイドラインとベストプラクティス」を採択する計画です。
国際レベルおよびEUレベルでのこうした進展に加え、欧州の各国も国内レベルでMASSに関する進展を遂げています。
本調査では、No.25-06 「特集記事 欧州における無人運航船等の導入プロジェクト動向」に続き任意に抽出した欧州各国(英国、ドイツ、オランダ、デンマーク、スペイン、フランス、イタリア、ギリシャ)における法制度の整備状況と実施中のMASS関連プロジェクトの現状を紹介します。
なお、本報告書は、2026年3月時点で入手可能であった公開情報等に基づき作成したものです。その後の法令改正、行政実務の変更、実証事業の進展その他の事情により、各国の最新状況とは異なる可能性があることに留意を要します。
1.英国の動向
(1)法整備の状況
ア 基本枠組み
英国では、フランスのように自律航行船に特化した専用法制を新設するのではなく、既存の商船法制を基礎としつつ、コード、ガイダンス、業界主導の規範及び限定的な適用除外を組み合わせることにより、MASSを既存制度の中に取り込むアプローチを採っています。このような柔軟な手法により、英国はMASS規制の分野で比較的先行的な立場を築いています。
イ 既存法の適用
英国の基本法である1995年商船法(Merchant Shipping Act 1995)[1-1]は、本来、自律航行技術を想定して制定されたものではありませんが、英国当局はその解釈運用を通じて既存制度をMASSにも適用してきました。大型又は新規の自律型船舶については、乗組員配置要件や装備要件をそのまま満たせない場合であっても、申請者が代替手段による同等の安全性を立証したときは、海事沿岸警備庁(MCA)が既存の枠組みの下で個別に審査することがあります。また、こうした審査では、革新的技術を用いる船舶向けのMGN 664[1-2]が主要な指針の一つとなっています。もっとも、現行の公表資料上は、遠隔操作者(Remote Operator)と船長(Master)は区別して整理されており、遠隔操作者が直ちに従来の船長と同一の法的地位を有するとまでは整理されていません。しかしながら、MCAによる最近の法的解釈は、遠隔操作者が当該船舶に対して実効的な指揮・管理を行っている限り、船長の法的義務を履行し得るという見解を支持しています[1-3]。
ウ 小型船舶に対する規制と補完的基準
英国は、大型船舶と同等の規制を小型の自律型船舶に一律に課すことは技術革新を阻害しかねないとの認識の下、船舶規模に応じた段階的な規制枠組みを整備しています。代表例が「ワークボート・コード第3版」[1-4]であり、全長24メートル未満の遠隔操作無人船を対象とする附属書2を設け、同種船舶に関する技術基準を定めています。さらに、極小型の自律船等については、MCAがMGN702(M)Amendment 2[1-5]を通じて一定条件の下で一般免除を認めています。また、正式な法規制が及ばない部分については、業界主導の基準が重要な役割を担っています。Maritime UKのMASS規制ワーキンググループ[1-6]が策定した実務規範Industry Conduct Principles and Code of Practice[1-7]は、設計、運用、倫理、サイバーセキュリティ及びCOLREG適合等のベストプラクティスを示しており、法的拘束力はないものの、実務上重要な補完基準として機能しています。加えて、ロイド船級協会の無人システム関連基準[1-8]も、自律システムの設計・建造に関する柔軟な認証枠組みを提供しています。
エ 国際協力
英国は、北海におけるMASS運航に関する2023年の覚書[1-9]の原署名国の一つであり、ベルギー、デンマーク、アイルランド及びオランダとともに参加しています。この覚書は、小型自律船舶や無人水上船の越境運航を円滑化するとともに、SOLAS適用外の小型作業船、研究船等について承認手続の標準化を進めることを目的としています。その後、フランス及びドイツも参加しています。[当事務所レポートNo.25-10]
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
英国では、MASS専用の包括的な法制度はなお発展途上にありますが、実務面では既に保険商品が提供されています。Shipowners’ Clubは、自律船向けに、衝突、第三者物損、貨物、汚染、曳航、難破船除去などを対象とする賠償責任保険を提供しています。また、MASS UK 実務規範Industry Conduct Principles and Code of Practice[1-7]では、地方当局が第三者保険の加入や補償水準を求め得る場合があることが示されています。
イ 通信・サイバーセキュリティ
英国では、Maritime UKが公表するCode of Practiceにおいて、MASSのサイバーセキュリティが独立した論点として整理されています。これは法的拘束力を有する規則というより、業界ベースの実務指針ですが、MASS運航に伴うサイバーリスク管理の考え方を比較的具体的に示しています。また、MGN 703[1-10]では、遠隔操作者の訓練・能力や通信運用に関する考え方も示されています。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
英国では、港湾・VTS・pilotageに関して、全国一律のMASS専用ルールが全面的に整っているわけではありません。実務上は、各港湾当局や地方当局の個別条件が大きな意味を持っています。実務規範Industry Conduct Principles and Code of Practice[1-7]でも、港湾当局管轄水域における運航、VTSとの調整、local byelawsやtraffic management regulationsとの関係、場合によってはcompulsory pilotageの可能性が整理されています。
エ その他
英国は、法制度の完成を待つだけでなく、業界コード、保険市場、港湾運用を先行させる形でMASSの実装を進めている国です。
(3)主要プロジェクの状況(別表1参照)
イギリスにおけるプロジェクトは、活発な試験段階から完全運用段階まで多岐にわたる。「Fugro Vaquita」は完全運用段階にあり、現在、商業的な海底検査を実施している。「Mayflower」は2026年春・夏に予定されている長期ミッションの準備を進めており、「Marine AI」プロジェクトは2026年春に実証実験を行う予定である。MMCM(RNMB Ariadne)のような軍事プロジェクトは厳格な評価段階にあり、2025年から2026年にかけてイギリス海軍への引き渡しが予定されている。
2.ドイツの動向
(1)法整備の状況
ア 基本枠組み
ドイツでは、本稿執筆時点においてMASS専用の包括的な国内法は確認されていません。他方、ケースバイケースの認可方式を採りつつ、IMOを通じた国際基準づくり[2-1]には積極的に関与しています。
これは、IMO MASSコードの義務化が2032年に予定されていることを踏まえ、過度に詳細な国内規制を先行させるのではなく、関係者の実務知見を蓄積しながら柔軟に制度形成を進めています。関係者を積極的に関与させるという意図は、連邦海事・水路局(BSH)とドイツ船籍管理当局が共同で設立した円卓会議[2-2]の創設にも表れています。これは、企業、研究機関、規制当局を一堂に集め、国内、欧州、国際レベルでの規則策定に意見を提供することを目的としています。
イ 関係機関と認可体制
ドイツでは、MASSのための統一的な専用認可体制の細部については、公的資料で確認できる範囲が限られていますが、連邦海事・水路局(BSH)[2-3]が旗国・海事行政上の重要機関であることは確認できます。
ウ 既存法の適用と審査実務
MASS専用法がない以上、既存の一般海事法規を個別案件ごとに適用することになります。一般船舶に対する船員配置や安全性に関する既存ルールが前提となりますが、MASSの試験運航においては、運航者は「同等の安全性」を実証することで、BSHから特定の免除を受けることができ、実際の審査は実証や試験運航を通じて具体化されている段階です[2-4]。現時点では、全国一律の完成した制度というより、港湾や研究プロジェクトを通じて安全性、運航コンセプト及び衝突回避等に関する知見を積み上げている状況にあります[2-5]。
エ 政策支援と国際協力
ドイツは、法制度面に加え、助成プログラムや研究プロジェクトを通じてMASS及び海運のデジタル化を支援しています。港湾におけるデジタル試験区域や実証プロジェクトの整備がその代表例です。
国際面では、北海周辺国による地域協力にも参加しており、研究・実証と国際調和を並行して進めています。[2-5]
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
ドイツについては、自律船の保険・責任に関する全国的なMASS専用制度が明確に確認できているわけではありません。
イ 通信・サイバーセキュリティ
ドイツでは、iPORTUSのような港湾統合プロジェクトにおいて、航行安全と並んでサイバーセキュリティが中核課題とされています。遠隔運航センター(ROC)への統合や、複雑な港湾環境での安全な通信・監視体制の確立が重視されています。[2-6]
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
ドイツでは、港湾環境への自律・遠隔監視船の統合が重点課題となっています。iPORTUSは、将来のroutine operationを可能にするための承認手続や規制基盤の整備を目指しています。そのため、現段階では完成した港湾規制というより、港湾運用を前提とした制度形成の過程にあると整理できます。
エ その他
ドイツの特徴は、全国一律の制度設計を先に進めるというより、港湾実証を通じて実用運航に必要な規制・承認基盤を整えようとしている点にあります。
(3)主要プロジェクの状況(別表2参照)
2027年まで続くiPortus(港湾統合)、CAPTN、AutoGnom(旅客フェリー)、MUM(水中母船)などの強力な研究開発プロジェクトを有しています。
3.オランダの動向
(1)法整備の状況
ア 基本枠組み
オランダでは、2025年に内水航行関係規則が改正され、一定の船舶について、条件付きで船長が船上にいない状態での運航を認め得る制度が整備されました[3-1]。これは、同国のMASS関連法制における近時の最も重要な進展であり、高度自動化航行及び遠隔操船の制度的受容を大きく前進させるものです。
イ 内水・領海・外洋における制度
内水について、改正後の内水航行制度の下では、全長20メートル未満の船舶について、一定の条件の下で船長不在での無人航行を免除対象とし、運航事業者は正式な免除申請を行うことが可能となりました。これとあわせて、インフラ・水管理省は、免除条件を具体化する規則を採択しており、申請要件と所管当局による付与条件の双方を定めています。[3-1]
他方、領海や外洋については、内水域ほど制度整備が具体化しているわけではなく、個別の試験又は実証ベースの運用が中心とみられます。[3-5]
ウ 許可手続と安全要件
オランダにおけるMASS運航・試験に関しては、所管当局による申請審査・評価の枠組みが整えられています。申請者は、当該船舶が有人船舶と少なくとも同等の安全性を有することを立証する必要があり、所管当局が安全性、運航環境、通信要件等を審査します。現行運用では、遠隔操作者が常時介入可能であることが重視されており、初期段階では安全上の措置が併用されることが一般的です。[3-2]
エ 推進体制と国際協力
制度整備と並行して、オランダでは、産業界、政府及び研究機関による官民連携組織であるオランダ・スマート・シッピング・フォーラム(SMASH!)[3-3]が、海上、港湾及び内水路における高度自動化航行及び自律航行の実装を推進しています。このような官民連携は、オランダ当局のボトムアップ型アプローチを象徴するものです。
さらに、オランダは、2023年の北海MASS運航に関する覚書の原署名国の一つとして、地域的な国際協力にも重要な役割を果たしています。
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
オランダでは、2025年の規則に基づく免除申請[3-4]において、船舶及び必要に応じて乗組員に関する保険情報の提出が求められています。そのため、MASSの実験・運航に際して、保険の有無や内容が審査対象として明示されている点が特徴です。
イ 通信・サイバーセキュリティ
オランダでは、継続的な制御に必要な通信環境、すなわち通信範囲、帯域、低遅延に加え、cyber securityが規則上の審査要素[3-4]として明記されています。また、VHF通信の継続性も求められており、少なくとも大型船では2チャンネル、小型船では1チャンネルの受信要件が置かれています。対象国の中でも、通信・サイバー要件を比較的具体的に条文化している例です。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
全国制度の下に地域当局による運用審査[3-4]が組み合わされている構造であり、申請は当該水域の所管当局が審査し、地域の状況や安全要件への適合が求められます。
エ その他
オランダは、内水面を中心に、試験・運航条件を比較的具体的な行政規則に落とし込んでいる国です。対象区域は限定的ですが、制度の明確性という点では欧州内でも先行的です。
(3)主要プロジェクの状況(別表3参照)
Roboat(都市水路)、Novimar、JIP Autonomous Shippingイニシアティブなど、複数の主要プロジェクトが完了しており、高い成熟度を示しています。Fugroのような企業が洋上検査用に無人水上船を導入するなど、商用展開はすでに現実のものとなっています。RASやFerryGoなどの他のプロジェクトも活発に進行中です。
4.デンマークの動向
(1)法整備の状況
ア 基本枠組み
デンマークでは、現行の船舶関係規則が、基本的に船舶に常時乗組員が乗っていることを前提として設計されているとの認識が示されています。そのため、MASSについて独立した国内法を制定するのではなく、対象を絞ったガイダンスの整備と既存海事法の柔軟な適用によって対応しています。現在の枠組みは、デンマーク海事局(DMA)[4-1]及びデンマーク緊急事態管理庁(DEMA)[4-2]が関与する行政ガイドライン[4-3][4-4]を中心に構成され、IMOにおける国際ルール形成への関与と並行して、個別審査に基づく認可を通じて段階的に制度整備を進めるものです。
イ 法的根拠となるガイドライン
このアプローチの中核にあるのが、DMAが公表する「デンマーク水域における海上ドローンの遠隔操船に関する承認プロセス」等のガイドライン[4-3][4-4]です。これらは、遠隔操船船及び自律船舶の運航許可に関する実務的な基盤文書に位置付けられます。また、これらのガイドラインは、IMOにおける自律船舶活動の試験に関する指針[4-5]にも接続するものであり、デンマークが国際的な規制基盤の形成を意識していることがうかがえます。
ウ 審査・許可の実務手続
個々のMASSプロジェクトは、「同等の安全性」又は代替設計の考え方に基づき、既存の有人船舶向け規則との関係で評価されます。すなわち、運航者は、自動化又は遠隔操作によって従来の運航と同等以上の安全水準が確保されることを示さなければなりません。手続上は、運航者がDMAと早期に協議し、通常、計画活動の数週間前までにDEMAのオンラインシステムを通じて正式申請を行います。申請では、運航海域、運航コンセプト、リスク評価、他船交通への影響、warning plan等が重視され、許可はケースバイケースで付与されます。
エ 知見の蓄積と国際連携
デンマークでは、電子的見張り、再定義された安全乗組員配置及び陸上オペレーターの役割等に関する知見の蓄積も進められています。主な成果として、2017年の規制上の障壁分析[4-8]及び近年の報告書[4-7]があり、MASSとSOLAS、COLREG、EU法及び国内法との交錯関係を検討しつつ、責任、資格、見張り及び状況認識等の制度的課題を整理しています。
加えて、デンマークは北海MASS運航に関する地域協力にも参加しています。
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
デンマークでは、自律船の保険や責任について、まだ明確な専用ルールはなく、今後整備が必要な課題として認識されています。[4-6]
イ 通信・サイバーセキュリティ
デンマークの関連分析では、自律船運航をリスクの観点から捉え、cyber securityを主要論点の一つとして扱っています。ただし、確認できた公的資料からは、通信やサイバーに関するMASS専用の詳細要件までは明確ではありません。[4-6]
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
DMAの試験ガイドラインでは、自律船などの試験に当たり、関係当局や利害関係者との調整が必要であり、場合によっては港湾など他当局の許認可も必要になるとされています。そのため、MASS専用の統一制度というより、個別試験ごとの安全評価と関係当局調整を通じて処理されているとみられます。[4-6]
エ その他
デンマークは、包括的な立法よりも、試験・実証の安全管理を先行させるアプローチをとっていると整理できます。
(3)主要プロジェクの状況(別表4参照)
多くのプロジェクトは、RECOTUG、SVITZER HERMOD、遠隔操船試験、Saildroneの展開など、実証および運用試験の段階にあります。特に、Fjordbussen/GreenHopper港湾バスは技術的に準備が整い、試験を経て承認されていますが、現在は定期運航の具体的な計画がなく、試験プラットフォームとして機能しています。
5.スペインの動向
(1)法整備の状況
ア 規制の基本枠組み
スペインにおけるMASSへの対応は、国際動向との整合を図りつつ、既存法の適用と実証を通じて制度基盤を段階的に整備していく点に特徴があります。現時点では、MASSに特化した専用法は制定されていませんが、近年、運輸省傘下の商船総局(DGMM)[5-1]を中心として、行政面及び技術面の基盤整備が進められています。また、DGMM主催の自律船に関する会合も開催[5-2]されており、関係者による制度議論が継続しています。〔33〕
イ 国内認証枠組みの構築
2025年には、DGMMが自律型船舶に関する重要な会合を開催[5-2]しており、IMO MASSコードのスケジュールを視野に入れた国内制度整備の議論が進められています。ただし、陸上オペレーターへの船長概念の拡張や、体系的な国内認証枠組みの確立[5-3]については、現時点で公的資料により確認できる範囲が限られています。
ウ 既存法の適用と実証運用
スペインでは、MASS専用の法的枠組みがないため、引き続き海事航行法[5-4]が主要な法的基盤となっています。同法56条は、「海上を航行し、人又は貨物を輸送し得る構造を持ち、完全な甲板を備え、全長24メートルを超えるもの」を広く「船舶」と定義しており、この定義は人による操船を明示的要件としていないため、自律型プラットフォームも法的に包摂し得ます。他方、小型USVの一部については、通常の船舶とは異なる形で登録・実証が進められており、PLOCAN THREEの登録事例[5-5]はその代表例です。大型の自律型船舶については、引き続き既存の船舶規制の枠組みの中で個別に対応されるとみられます。
エ 実証基盤と安全要件
スペインでは、制度整備と並行して、実証を支える基盤整備も進められています。その代表例がPLOCANの海洋テストベッドであり、海洋試験区域を管理しつつ、無人海洋機器の実証を支える役割を担っています。[5-6][5-7]
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
スペインでは、MASS専用の独立した保険・責任制度が確認できているわけではありませんが、EU指令2009/20/EC[5-8]を国内実施したRoyal Decree 1616/2011[5-9]により、船主の海事請求に対応する保険制度が存在し、現段階ではMASSも既存の一般海事法・船主保険制度の枠内で扱われるとみられます。
イ 通信・サイバーセキュリティ
スペインについては、MASS専用の全国的なサイバー制度や、自律船一般に対する独自のサイバー証明制度を示す公的根拠は確認できませんでした。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
スペインについては、MASS専用の全国的なVTS又は港湾規制等は確認できませんでした。
エ その他
スペインは、MASS専用法の整備よりも、既存の海事法制をMASSにも適用する方向が基本であると整理できます。もっとも、PLOCANやDGMMによる会合等を通じて、実証と制度議論が並行して進められている点に特徴があります。
(3)主要プロジェクの状況(別表5参照)
特に港湾および保安業務において、完全な運用成熟度を示している。USV「VENDAVAL」は2019年に納入され、完全に運用可能となっており、セウタで継続的に監視活動を行っており、NATO演習においてスペイン海軍艦艇との統合にも成功している。
6.フランスの動向
(1)法整備の状況
ア 規制の基本枠組み
フランスは、他の多くの欧州諸国と異なり、MASSを既存法の解釈で対応するのではなく、運輸法典[6-1]に直接組み込む方式を採っています。すなわち、自律型船舶に関する法制度を専用の国内法として明確に位置付けており、IMO及びEUレベルで統一的国際基準が未整備な段階において、包括的な国内法制度を整えた数少ない国の一つです。
イ 制度整備
フランスは「自律型船舶及び海上ドローンの航行条件に関する政令第2021-1330号」[6-2]により、運輸法典の規定を導入・改正し、自律型船舶に関する法的枠組みを近代化しました。この制度は、無人船舶や遠隔操船船をめぐる法的不確実性を解消し、安全性及び環境持続性を確保しながら、その航行・利用を制度的に受け入れることを目的として整備されたものです。さらに、自律型または遠隔操作型の海上浮遊装置の実験に関する具体的な規定「自律航行船舶に関するガイドライン(NI641)」無人水上船(USV)に関する特定規則NR681)」[6-3]を設けている。
ウ 国際協力
フランスは、国内法制度の整備にとどまらず、北海MASS覚書の参加国の一つとして地域的な国際協力にも関与しています。したがって、フランスの特徴は、専用法制を明確に整備した上で、国際的な制度調和にも参加している点にあります。
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
フランスは、自律船・海上ドローンを国内法上位置付けた点で先行していますが、保険についてはMASS専用の包括的制度の存在は確認できず、既存の船舶責任、汚染損害、財務保証制度が、対象となる請求類型ごとに適用されるとみられます。
イ 通信・サイバーセキュリティ
フランスでは、MASS専用の独立した通信・サイバー制度が明確に完成しているとは言いにくい状況です。他方で、一般の海事通信義務に加え、NIS/NIS2系統の横断的サイバー法制の下で、海事分野のサイバー対応が進められています[6-4]。そのため、MASSもまず一般的な海事・サイバー規律の枠内で扱われているとみられます。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
フランスでは、自律船の法的位置付けや実験運航の法的枠組みは存在しますが、VTS/港湾規制についてMASS専用の全国的詳細ルールが完成していることまでは確認できていません。現時点では、既存の港湾・VTS・航行安全の一般枠組みを前提にMASSを取り込んでいる段階とみられます。
エ その他
フランスの特徴は、自律船・海上ドローンを国内法上明確に定義し、実験運航を含む法的枠組みを整備している点にあります。欧州の中でも、概念整理と制度化が比較的進んでいる国です。
(3)主要プロジェクの状況(別表6参照)
非常に高度な開発パイプラインを有しており、多くのプロジェクトが概念実証(PoC)段階から産業規模への拡大および量産段階へと移行している(例:ROSS商用艦隊、MMCM対機雷艇、CHOF海洋観測船)。その他の主要な防衛・商用プロジェクト(DANAE、ARROW、CEMAS、SEMNA IIなど)は、現在活発な海上試験が行われているか、2026年から2028年の間に完全な運用能力の達成を目指している。
7.イタリアの動向
(1)法整備の状況
ア 規制の基本枠組み
イタリアには、現時点でMASSに特化した専用の法的枠組みは存在しません。他方、現行法には一定の柔軟性があり、自律型船舶を「船舶」として法的に包摂し得る余地があると解されています。すなわち、専用法制は未整備であるものの、既存の航海法を基礎として、MASSを部分的に受け入れる可能性が模索されている段階にあります。
イ 航海法の適用と制度上の限界
主として適用されるのは、1942年制定の「航海法」[7-1]です。同法は船舶概念を比較的広く捉え得る一方、制度全体としては人間の乗組員及び船長が船上に存在することを前提として構成されています[7-2]。そのため、無人運航や遠隔操船を前提とする具体的規定は十分ではなく、MASSへの適用には解釈上の限界があると指摘されています。
ウ 責任法制と安全規制上の課題
イタリアでは、船主責任を基礎とする既存法制が存在しますが、法体系全体は物理的に船上に存在する船長と乗組員を前提として構成されています。そのため、センサーに基づく自律的意思決定やAIの誤作動といった論点については、既存の責任法制や安全規制だけでは十分に整理し切れない部分があると指摘されています。
エ 今後の制度整備とRINAの役割
このため、イタリアでは、今後制定されるIMO MASSコードやEUのAI・製造物責任関連の制度も踏まえ、国内法体系の見直しが課題になると考えられます。もっとも、制度整備が未了である中でも、イタリア船級協会RINAは、既にMASS向けの特定の船級記号[7-3]を導入しており、安全認証や技術評価に関する事実上の技術的枠組みを提供しています。RINAは、特にサイバーレジリエンスやシステム信頼性の観点から、国内プロジェクトにおいて重要な役割を果たしています。
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
イタリアでは、船主責任の一般的枠組みは既存の航海法制の中にありますが、MASS専用の責任・保険制度が確立しているとは確認できませんでした。
イ 通信・サイバーセキュリティ
イタリアについては、RINAがautonomous vessels向けのcyber resilience servicesを提供[7-4]していることから、通信・サイバー課題が技術・認証面で重視されていることは確認できます。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
イタリアでは、港湾近接海域でのassisted/autonomous shippingの実証[7-5]が進められていることは確認できますが、MASS専用の全国的VTS/港湾制度が整備済みとまでは確認できませんでした。
エ その他
イタリアは、国家制度の完成よりも、分類協会や技術実証を通じた制度形成の下支えが目立つ国ということがいえます。
(3)主要プロジェクの状況(別表7参照)
5GMASS、GSAB 1、AUTOSHIP(TRL7のプロトタイプ実証段階に達した)など、いくつかのプロジェクトが初期実証段階を無事に完了しました。現在は、2026年から2027年頃に予定されている艦上試験および運用試験に向けた準備を進めている、進行中の次世代進化プロジェクト(GSAB 2やI-MASTERなど)に焦点が移っています。
8.ギリシャの動向
(1)法整備の状況
ア 規制の基本枠組み
ギリシャにおけるMASSをめぐる状況は、独立した包括的国内法を整備するというよりも、IMO及びEUの基準との整合を重視している点に特徴があります。ギリシャは世界有数の船舶保有国であり、伝統的に旗国としての視点を重視してきたため、ギリシャ船主の船舶が国際的に矛盾なく運航できるよう、制度の国際的統一性を優先しています。現時点では、ギリシャの刑法や海事法に、自律運航に特化した特別法は確認されていません。
イ 船長概念と乗組員規制
ギリシャ法[8-1]では、船長が指揮権及び法的権限を行使するためには、物理的に船上にいることが前提とされています。また、CMI質問票[8-2]では、remote controllersはcrewを構成しないと整理されています。このため、船長の役割を遠隔運航センターに移すことが、責任の所在をめぐる法的論点の中心となっています。
CMI質問票とは、Comité Maritime International(国際海事委員会)が、無人船・自律船に関する各国法上の取扱いを把握するために作成した質問書及び各国回答文書[8-3]です。
(2)個別要件の状況について
ア 保険・責任
MASS専用の保険・責任制度を直接示す公的資料は確認できませんでした。
イ 通信・サイバーセキュリティ
MASS専用の通信・サイバー制度を示す公的資料は確認できませんでした。
ウ VTS/港湾規制・試験海域申請
MASSに特化したVTS/港湾規制に関する公的資料は確認できませんでした。
エ その他
ギリシャは、MASSに伴う法的・保険的・サイバー上の課題は意識されているものの、制度整備状況を積極的に示す一次資料は乏しい国です。
(3)主要プロジェクの状況(別表8参照)
プロジェクトの成熟度は現在、SmartMoveやWARRANTといった学術機関やデジタルプラットフォームが主導する研究開発段階にある。規制面の不確実性から、商用海運セクターは依然として慎重な姿勢を崩していないが、公開情報によれば、ギリシャ海軍は軍事用途向けの無人システムを積極的に試験している模様である。
まとめ
欧州におけるMASSへの対応を概観すると、各国は専用法制を一律に整備する方向には進んでおらず、既存の海事法制を基礎としながら、行政指針、個別認可、試験運航制度及び業界基準を組み合わせることにより、段階的に制度化を進めていることが分かります。特に、英国、ドイツ、デンマーク、スペイン、イタリア及びギリシャでは、MASS専用の包括法を直ちに整備するのではなく、現行法の柔軟な解釈運用や個別免除を通じて実務対応を重ねる姿勢が共通しています。
他方、フランスは自律船舶を国内法に直接組み込む包括的枠組みを整備しており、オランダも2025年の法改正により高度自動化航行を明示的に受け入れる制度整備を進めています。このため、欧州のMASS制度は、専用法制を先行整備する国と、既存法の運用を通じて段階的に対応する国とに分かれていると整理できます。
また、各国に共通する主要課題は、船長及び乗組員概念の再整理、同等の安全性の立証、遠隔操作者の法的位置付け、並びに個別許認可を通じた実証運航の管理にあります。多くの国では、依然として物理的な船長又は乗組員の存在を前提とする法体系が維持されているため、遠隔操作者がどこまで船長の法的義務を代替できるかが、制度設計上の中核的な論点となっています。
さらに、制度運用の実態としては、実証先行型の色彩が強いです。ドイツ、デンマーク及びオランダでは、ケースバイケースの認可又は免除制度の下で、安全性、COLREG適合性、サイバーセキュリティ及び通信体制等を個別に審査しながら知見を蓄積しています。スペインでも、既存規制との整合を図りつつ試験運航が進められており、イタリアでは法制度が未整備である一方、船級協会RINAの技術基準が実務上の重要な支えとなっています。
以上を踏まえると、欧州におけるMASS制度の発展は、①専用法制整備型(フランス)、②法改正による明示的受容型(オランダ)、③既存法の柔軟運用・個別認可型(英国、ドイツ、デンマーク、スペイン)、④制度未整備下での技術・実務先行型(イタリア、ギリシャ)に大別できます。すなわち、欧州では、MASSに対する共通の政策方向性はみられるものの、その制度化の手法は各国で大きく異なっており、法制度、行政運用、海事産業基盤及び実証環境の差がそのまま制度設計に反映されているといえます。
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)
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