欧州海上安全レポート
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◆ はじめに
2026年3月10~12日に、英国・ロンドンのExcel London[1]で開催された「Oceanology International 2026(OI 2026)[2]」に参加してまいりました。RX社[3]が主催する本展示会について、欧州委員会(EU)[4]は、海洋に関する科学、技術、エンジニアリングにおいて世界を牽引する国際フォーラムと説明しています。
本イベントの公式HPによると、開催期間の3日間で、30カ国以上から461社が出展し、総来場者数は15,709名でした。会場では、海洋に関する科学や技術・エンジニアリング等の海洋分野の製品が多数展示され、併設のドックサイドでは船やUSVなど実際の製品のデモンストレーションも実施されました。また、カンファレンスゾーンとしてCoast Theatreなどが設けられ、セミナーやパネルディスカッションなど、合計203名が登壇しました。
今回の視察では、無人水上船舶[5](USV:Uncrewed Surface Vessels)製品の出展が多くみられました。USVとは、船上に乗組員を有さない水上船舶のことです[6]。日本でも、開発環境の未整備(実証施設・フィールド)、海洋無人機に関する制度の在り方[7]は課題として指摘されています。
本報告では、会場のブースおよびセミナーで確認した内容を基に、欧州やイギリスの事例を紹介させていただきます。なお、本レポートは、あくまで調査視察の事例として紹介するものであり、特定企業の推薦を意図するものではございません。
◆USVの特徴的な出展企業
英国・プリマスを拠点とするスタートアップ企業。水素燃料電池を搭載したUSVとして、他社に先駆けて英国海事沿岸警備庁(MCA: Maritime and Coastguard Agency)[9]が認可する「小型作業船および水先船の安全に関する実施基準 (The Workboat Code Edition 3)[10]」の付属書の2(Annex 2)の認証を取得した実績[11]を持っています。また、主力のUSV「Pioneer」は水素を燃料としており、24時間、ゼロエミッションでの運用を達成しています。[12]
英国・サウサンプトンに拠点を持ち、業界を牽引する海洋テクノロジー企業です。これまで大型の有人船が行っていた複雑な作業を無人船で代替することを目指しています。主な特徴は、完全な自律航行に頼るのではなく、陸上にある遠隔操作センター(ROC:Remote Operation Centre)から人間が監視・制御する「遠隔操作」を運用の中核に据えている点にあります。
アイルランドを拠点とする企業。ハイブリッド電源(ソーラーパネル、バッテリー、小型発電機)を搭載したUSVを運用しています。Starlink[15]などの高速インターネットや全地球測位衛星システム(GNSS: Global Navigation Satellite System)等を使用し、陸上の遠隔操作センターから、日本を含む世界中の自社USVをリモート制御している点が特徴です。
ノルウェーを拠点とする企業。環境に優しい小型船や、長期間稼働できるUSVなど、様々な用途に合わせた船を提供しています。 日本の企業にも販売実績があり、主に浅瀬や港の地形を調べる調査に活用されています。この企業の主な特徴は、USVのみを販売するだけでなく、無人化を促進するための船の頭脳となるシステムのみの販売もしている点です。
◆ USVの普及に向けた制度的な課題
会場で行われたパネルセッション「デュアルユース向け水中・水上テスト施設の可能性[17]」では、USV普及を阻む「テストと認証の壁」について、事業者と規制当局の双方から現場における制度的な課題に関して率直な意見交換が行われました。なお、イギリスでは、MCAが既存の法律や規則の解釈運用を通じて革新的な技術に対応しています。それだけでは十分にカバーできない部分については、MGN664等のガイダンスを適用し、必要に応じて既存規則の適用除外を付与しています。こうした認証や適用除外を取得するには、申請者がリスク評価や安全性の根拠を示し、MCAの承認を得る必要があります。
(1)法制度:テストと認証の「堂々巡り」の矛盾
事業者として登壇したACUA Ocean社は、現在の安全認証プロセスがスタートアップ企業にとってコストと労力の面で「非常に大きな(Brutal)負担」であると指摘しました。これに対し、規制当局であるMCAのSam Hodder氏も、「運用側はテストの実績を得るために許可を求め、規制側はテストを許可するために事前の安全証明を求める」という構造的な矛盾が生じていることを認めています。さらに、混雑した海域で衝突回避ルール(COLREGs)[18]への対応力を証明するには、実際の海での物理的なテストだけでは不十分かつ危険が伴います。そのため仮想空間上で船体や現実の物理現象を高精度に再現する「デジタルツイン(シミュレーション)[19]」を用いた安全性のエビデンスが必要であるとの認識が示されました。
(2)書類作成:柔軟かつ迅速な技術開発の阻害
ACUA Ocean社はまた、スタートアップ企業が規制当局の求める複雑な安全基準やリスク評価に関する書類を自力で作成することは困難だったと述べました。さらに、船の仕様を少し変更するだけでも書類のやり直し(再認証)が求められる現状のプロセスは、「早く失敗して早く改善する」という柔軟かつ迅速な技術開発を阻害する要因になっていると指摘されました。
◆上記課題に対する英国の取組事例(国立海洋自律センター / NCMA)
上記2つの課題の解決に向けて、英国では、国家レベルの取組が進められています。具体的には、英国国防省(Ministry of Defence)[20]はプリマス地域を「国立海洋自律センター(NCMA: National Centre for Marine Autonomy)[21]」に指定し、産学官の連携を通じて以下のような解決策を提講じています。
(1)法制度の矛盾に対する解決策:段階的テストのフレームワークとテスト環境の提供
テストと認証の「堂々巡り」を解消するため、NCMAの主要パートナーであるプリマス海洋研究所(PML:Plymouth Marine Laboratory)[22]やプリマス大学[23]は、MCAと共同で「海事規制イノベーションフレームワーク(MRIF:Maritime Regulatory Innovation Framework )[24]」を開発しています。これは、最初から船体への完全な安全認証を求めるのではなく、警戒船の配置や緊急停止手順など、「運用上のリスク軽減策(初期の安全ケース)」を構築することで、沖合でのテストを段階的に許可する仕組みです。これにより、プロトタイプ船の仕様や搭載機器を途中で変更しても迅速に対応できるようになります。 加えて、テストの場として、約1,000平方キロメートルに及ぶ認可されたテスト海域「Smart Sound Plymouth[25]」を提供しています。また、物理的なテストが危険なシナリオについては、デジタルツイン(シミュレーション)を活用して安全性のエビデンスを補完する取り組みも進められています。
(2)書類作成の負担に対する解決策:専門機関による「伴走支援」
書類作成における課題に対して、NCMAでは大学やPMLの専門家が企業に寄り添う形で、伴走支援を行っています。例えば、「当局の質問の意図は何か」「どのように回答して書類に落とし込むのがベストか」などを一緒に確認しながら直接的にサポートしています。この支援により、企業の時間的・金銭的負担が大幅に軽減され、アジャイルな技術開発が支援されています。
◆ おわりに
OI 2026でのブース訪問やセミナーを通して、USVに関する取組の情報収集を行いました。全体を通して、USVは既存の法制度への適合や社会システムへの実装フェーズへの移行段階にあることを感じることができました。冒頭で述べたとおり、日本においても、実証施設・フィールドなどの開発環境の未整備や、海洋無人機に関する制度の在り方が課題として認識されています。こうした課題に対応するうえで、産学官の連携は重要な要素であると考えられます。テストや認証の枠組みを現場の実情に合わせて構築する・テスト環境を提供する・産学官連携で伴走支援する。こういった取組は新技術の市場投入を加速させるうえで、日本においても参考になる事例といえます。
次回Oceanology Internationalは、2年後の2028年3月14~16日にExcel Londonで開催されます。
(公益社団法人 日本海難防止協会 ロンドン事務所 研究員 川上慶大)
【参考資料】
[3] https://rxglobal.com/rx-uk
[5] https://www.nikkaibo.or.jp/london_pdf/2025-07_oushu%20anzen%20report_Jpn.pdf
[6] https://oceanexplorer.noaa.gov/technology/usv/
[7] https://www8.cao.go.jp/ocean/policies/kaiyo_wg/2kai/pdf/shiryo2.pdf
[9] https://www.gov.uk/government/organisations/maritime-and-coastguard-agency
[10] https://www.gov.uk/government/publications/the-workboat-code-edition-3
[12] https://www.bbc.co.uk/news/articles/ckgzm0xr909o
[13] https://oceaninfinity.com/
[14] https://xocean.com/
[16] https://www.maritimerobotics.com/
[18] https://www.imo.org/en/about/conventions/pages/colreg.aspx
[19] https://www.classnk.or.jp/hp/ja/news.aspx?id=14402&layout=1&type=p
[20] https://www.gov.uk/government/organisations/ministry-of-defence
[21] https://www.marineautonomy.org.uk/
[22] https://pml.ac.uk/news/plymouth-is-to-be-the-national-centre-for-marine-autonomy/
- No.26-05「海外情報 OI-2026参加報告」
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- No.25-12「特集 2025 年欧州動向と今後」
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- No.24-01「海外情報 ⾃律船舶での衝突回避の未来」