欧州海上安全レポート

25-05記事
No.25-05-2. 欧州港湾における薬物密輸対策

ヨーロッパの主要港では、薬物密輸が深刻な問題となっています。欧州薬物機関(EUDA)の報告によると、2019年から2024年の間に、EU域内の港湾およびEU向けの輸送ルートで約1,800トンを超える違法薬物が押収されたとされています。

港湾別の状況を見ると、ベルギーのアントワープ港はヨーロッパでも屈指の薬物流入港とされており、2022年に約110トン、2023年には約116トンのコカインが押収されています。一方、オランダのロッテルダム港でも押収実績は高い水準にありますが、近年は一部で押収量の変動が見られるとの分析もあり、密輸業者が監視の強化に対応してルートや港を変更している可能性が指摘されています。その他、ドイツのハンブルク港なども薬物密輸の対策強化対象とされており、今後の動向が注目されています。

こうした状況を踏まえ、EU各国当局は取り締まり強化と政策的枠組みの整備という両面から対策を講じています。たとえば、ベルギー当局は2024年にアントワープ港でコカイン1トン以上を押収し、複数人を逮捕したと報道されていますが、こうした個別の摘発にとどまらず、より包括的な政策対応が求められています。

 

新たなEU薬物戦略

欧州委員会は現在、新たな「EU薬物戦略」の策定を進めています。欧州委員会によれば、この新戦略は「現行の政策枠組みを更新し、EU域内および国際的な薬物取引との闘いを強化する具体的行動を提案し、各国・各機関が協力して統一的に対応する方法を重視する」ことを目的としています。現時点では初期計画段階にあり、具体的な内容は明らかになっていませんが、港湾が薬物密輸の主要ルートであることから、検査手続きの厳格化や海運業界への影響が生じる可能性があります。

現在、関係団体や市民からの意見募集が行われており、欧州委員会は2024年末までに新たな薬物戦略を採択する予定です。これは、2021年に採択された現行戦略に代わるものとして位置づけられています。

 

EU港湾戦略との連携

さらに欧州委員会は、薬物密輸対策を中心とした新たな「EU港湾戦略」の策定も進めており、こちらも年内の公表が予定されています。この戦略は、港湾が抱える特有の脆弱性――大量コンテナ輸送による検査困難性、密輸業者の港湾選択の柔軟性、現場の腐敗リスク――などに対応することを目的としています。

 

EU港湾戦略では、以下のような技術・制度的対応が想定されています:

 

  • AI・機械学習による不審貨物の特定支援
  • リスクベースによる効率的な検査体制
  • 港湾アクセス管理の強化
  • 港湾従業員の腐敗防止策の導入

 

この港湾戦略は、EU全体の薬物対策の「現場実装」を担う補完的な位置づけとして新薬物戦略と連携して実行される見込みです。

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