欧州海上安全レポート
(author)
三好登志行(弁護士、海事補佐人)
きょうどう法律事務所(前佐藤健宗法律事務所)
第1回 自動運航船の研究、開発状況
ヨーロッパの各国は、2010年代中頃から、自動運航船の研究、開発、実証実験を行い、商業運航を開始しつつある。国際海事機関(International Maritime Organization, 以下「IMO」という)においても、2017年以降、自動運航に関する検討が開始され、2026 年(Maritime Safety Committee(以下「MSC」という)111)においてMASSの非義務的コードを採択する予定である[i]。日本国内でも、2016年から自動運航船の研究、実証実験が開始され、無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」では、日本各地で5つの実証実験が行われ 、stage2において2025年に向けて無人運航船の実用化が目指されている。
ヨーロッパのEU加盟国とノルウェー、アイスランド並びにイギリスと比較してみても、我が国における海難事故の発生件数は元来、少なくない。MASSの運航中、衝突事故が発生し死傷者が出た場合には、ⅰ刑事裁判管轄とその執行の問題が問題となる。また、MASS運航の安全性を確保するため、ⅱ個別法の刑事罰改正の要否といった問題や、ⅲ過失犯検討の視点なども問題となる。加えて、ⅳドローンシップの登場や、サブスタンダード船への対応の問題も生じるものと思われる。中でも、ⅲ過失犯の成否では、設計、製造、搭載、運航及び保守の各側面で問題となる。
本稿では、各国の状況を俯瞰しつつ、検討すべき上記課題に関する視点や、MASSが実用化され衝突事故が不幸にも発生してしまった場合の過失の有無を検討するものとしたい。
1.自動運航船に関する議論の進捗
(1)ヨーロッパにおける自動運航船の研究・開発と商業運航の開始
2010年代中頃以降、自動運航船に関するコンソーシアムがヨーロッパを中心にスタートした。例えば、Norwegian Forum for Autonomous Ships(NFAS)、Maritime Unmanned Navigation through Intelligence in Networks(MUNIN)、NOVel Iwt and MARitime transport concepts (NOVIMAR)、Advanced Autonomous Waterborne Applications Initiative(AAWA)、MAS Regulatory Working Group(MASRWG)、Association for Unmanned Vehicle Systems International(AUVSI)などがある。また、ヨーク大学は、ロイドレジスターとともに、The Assuring Autonomy International Programme (AAIP)を2018年からスタートし、自動運航船に関し、自律性を確保するための研究を行っている[ii]。
ヨーロッパ各地で実証実験も盛んに行われ、2017年8月に北海におけるWärtsilä社の遠隔実証実験、2018年のロールスロイス社とフィンフェリーのParainenから Nauvoまでの自動運航、2020年2月のBastø Fosen、KONGSBERGとthe Norwegian Maritime Authority (NMA)が乗客と車両を載せた状態での自動運航に成功している。
また2023年6月、Zeam社は、ストックホルムにおいて、世界で初めて、商用自動運航フェリー(MF Estelle号)の運航を開始している[iii]。同船は、主に徒歩又は自転車の乗客を運送する船舶であるが、運航者は1人(船長のみ)であり(桟橋に改札員やロープを取り外しする職員もいない)、運航監視センターなどは持たず、離着桟から運航をすべて自動で行い、避航操船も自動で行われている[iv]。
(2)IMOにおける議論状況
IMOは、2017年、Maritime Safety Committee(MSC)の第98回のsession(以下、「MSC98」という)において、自律運航船に関する検討を開始し 、2018年のMSC99において、自律運航船を4段階に定義付けた[v](以下、本報告書においては、Degree 3及びDegree 4の2つのレベルを中心に検討する。また、両レベルを合わせて自動運航船と呼ぶこととする)。
2023年に行われたMSC107では、非義務的コードは、義務的コードの採択(2028 年 1月1日に発効予定)に先立つ暫定措置として位置付けられ、非義務的コードの適用を貨物船のみに限定すべきであることに同意したが、これに高速船が含まれるかどうかの決定はMSC108まで延期された。また、MASSに乗船する船員および遠隔操作センターの遠隔オペレーターに対するSTCWの適用可能性について検討を委ねるのは時期尚早であることに同意した[vi]。なお、非義務的コードの採択予定は2025年(MSC 110)から 2026 年(MSC 111)に変更することで合意されている[vii]。非義務的コードの検討においては、MASSの認証の検査・検査に関する基本原則、旗国外に存在するリモートオペレーションセンター(以下、「ROC」という)に対する監督の問題や、ConOps(Concept of Operations)、OE(Operational Envelope:運航(運用)領域)、ODD(Operational Design Domain:運航設計領域)といった用語に関する共通理解等が議論されている。
また、技術的・法的側面と責任に関する課題はいずれも考慮されるべきことを踏まえた上で、問題として、船長の役割と責任、リモートオペーレーターの役割と責任、法的責任に関する課題、MASSに関する定義と用語の統一[viii]などが認識されている[ix]。
加えて、裁判管轄権についても問題提起がなされており、国連海洋法条約 (以下、「UNCLOS」という)は、IMO条約ではなく、MASSはUNCLOSの法的枠組み内で運営される必要があるため、UNCLOSを考慮する必要がある[x]と位置づけられている。この問題は、例えば、日本の船会社が運航する外航船について、旗国はX国、船上の船員の国籍はA国、ROCはB国に所在し、ROC内で操船するクルーはY国といったケースで、内水、領海、公海の各海域において、それぞれ海難事故が発生した際、誰に対し、どこの国の法律を適用して処罰することができるのか、あるいは執行できるのか、また、それに先立ち、これらに関わる人々の資格要件やその担保をどのように行うのかといった問題である。このような問題についても今後議論が深められていく必要がある。
(3)我が国における状況
我が国においても、2016年から船舶の衝突リスク判断と自律操船に関する研究[xi]が開始され、2018年には各地での実証実験[xii]が行われた。そのほかにも、自律型海上輸送システムの技術コンセプトの開発[xiii]や人工知能をコア技術とする内航船の操船支援システム開発[xiv]などの研究開発も進んでいる。
無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」では、日本各地で5つの実証実験が行われ[xv]、stage2において2025年に向けて無人運航船の実用化[xvi]が目指されている。
また、国土交通省は、2022年2月「自動運航船に関する安全ガイドライン」を策定し、設計・搭載・運航に関する基本的な考え方が整理されている[xvii]。
今後我が国においても、前記(2)におけるIMOの議論を踏まえて、実証、商業化、法制の各側面から、さらなる検討が進められるものと思われる。
(続く)
[i] その後、採択期限が延長され、「非強制コードは2026年開催予定のMSC 111にて最終化され、その後、2030 年までの採択を目標に、強制コードの策定について検討される予定となってい」る(https://www.classnk.or.jp/hp/pdf/info_service/imo_and_iacs/MSC110_sum.pdf)。
[ii] https://www.york.ac.uk/assuring-autonomy/maritime/
[iv] ただし、同船が運航する周辺区域は船舶の交通量が極めて少なく、筆者が調査を行った令和5年11月の往復乗船時は、季節や悪天候ということもあってか、視野の範囲内において横切り、反航、同航、漂泊等の船舶が一切存在しなかった。
[v] https://www.imo.org/en/MediaCentre/PressBriefings/Pages/08-MSC-99-mass-scoping.aspx
[vi] https://maritime.lr.org/MSC-107-Summary-Report?_gl=1*1u2xtg*_ga*MTM4NzY3MjU1Ni4xNjk2MDQ4NDc0*_ga_BTRFH3E7GD*MTY5NjA0ODQ3NC4xLjAuMTY5NjA0ODQ3NC4wLjAuMA
[vii] https://www.classnk.or.jp/hp/pdf/tech_info/tech_img/T1303j.pdf
[viii] https://www.imo.org/en/MediaCentre/HotTopics/Pages/Autonomous-shipping.aspx
[ix] MSC110では、「コレスポンデンスグループからの報告や関連の作業グループによる会合結果に基づき、目的、適用、認証プロセス、警報管理、保守、航行の安全、捜索救難の章等が最終化」(前掲注ⅰ)されたため、残りは、15章のみとなっている。
[x] 前掲注7
[xi] https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001581826.pdf
[xii] https://www.mlit.go.jp/common/001246716.pdf
[xiii] https://www.mlit.go.jp/common/001386876.pdf
[xiv] http://www.maritime.kobe-u.ac.jp/news/2020/20201211.html
[xv] https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/meguri2040
[xvi] https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/information/2023/20230720-92554.html
[xvii] https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001461734.pdf
2.衝突事故の発生状況と刑事責任
(1)ヨーロッパにおける海難事故等の発生状況
EU加盟諸国27か国にアイスランドとノルウェーを加えた29か国での2021年における海難事故の発生件数は、2637件であり、負傷者は621人、死者は36人である[i]。死亡、負傷の主要な原因の1つに衝突事故が挙げられている[ii]。もっとも、報告書によれば、2021年はCovid-19の影響により例年より減少しているとの指摘もある。
2022年におけるイギリス船の世界中又はイギリス沿岸部で発生した海難事故の件数は、1263件である。このうちイギリスの商船又はイギリス以外の商船がイギリスの領海内で発生した事故の件数は、非常に重大な事故は14隻(13件)、重大な事故は46隻(45件)、重大でない事故は206隻(176件)となっている[iii]。また、イギリス商船のうち総トン数100トン以上の衝突事故は20件、総トン数100トン未満の衝突事故件数は31件、漁船は14件、イギリス以外の商船の衝突事故件数は8件であり、総計73件となっている[iv]。
イングランドとウェールズにおける司法統計によると、海上における生命を危険に晒した犯罪の類型(我が国における主に個別法違反に相当するものと思われる)では、2017年から2021年にかけて12件の有罪判決が宣告されている[v]。なお、イングランドにおいても日本と同様、衝突事故により人を死亡させた場合には、the gross negligence manslaughter(重過失致死罪と訳される)により有罪判決を受けることがある。もっとも、我が国の過失犯の構成要件とは異なり、危険の予見は不要であり、ある状況において合理的な行動を取ったか否かが問題とされる[vi]。
(2)我が国における海難事故等の発生状況
我が国における2022年の海難事故の発生件数は、1825隻(1650件)、死者・行方不明者数は65人であった[vii]。このうち2隻以上の船舶による衝突事故は、373件であった[viii]。
また犯罪類型別の刑事責任については、往来妨害罪が521件、過失傷害罪等が93件となっている(なお、同統計上は、過失傷害となっているが、刑法第28章を引用していることから、業務上過失致死傷罪を含む統計であるものと思われる)[ix]。
ヨーロッパのEU加盟国とノルウェー、アイスランド並びにイギリスと比較してみても、我が国における海難事故の発生件数は少なくない。それは我が国が四囲を海に囲まれ、輻輳海域が多数存在することによるものと思われる。
(3)各国における検討状況及び我が国における検討課題
本報告書作成時点において、MASSに関する船舶衝突事故の刑事過失責任について詳細に論じたペーパーなどは見つけることができていない。もっとも、イギリスにおけるMerchant Shipping Act 1995の適用の限界について、主にROCの所在や刑事裁判管轄権の観点からは一定の議論があり、前記1(2)における裁判管轄権の問題と通じるものである[x]。
今後、MASSが実用化されROCの支配下において操船中、我が国の内水、領海での衝突事故、公海上において我が国が刑事管轄権を持つ衝突事故において、死傷者が出た場合には、刑事責任の有無を検討する必要が生じ、また法整備ないしシステム開発においてそのような観点からの検討は不可欠である。その場合、主な議論の視点としては、ⅰ刑事裁判管轄とその執行の問題と、ⅱ個別法の刑事罰改正の要否、ⅲ過失についてどのように検討するべきかを挙げることができる。加えて、ⅳドローンタイプの船舶の登場や、サブスタンダード船[xi]への対応の問題も生じるものと思われ非義務的コードが確定した場合には、速やかに法整備並びに実際の対応についての準備が必要となるものと思われる。
(続く)
[i] https://www.emsa.europa.eu/newsroom/latest-news/download/7362/4867/23.html
[ii] 前掲注16
[iii]https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1173305/MAIBAnnualReport2022.pdf
[iv] 前掲注18
[v] https://www.gov.uk/government/statistics/criminal-justice-system-statistics-quarterly-december-2022
[vi] Criminal Law: Text, Cases, and Materials,7th edition, 152, Oxford Univ Pr
[vii] https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/r4/k230112/k230112.pdf
[viii] 前掲注22
[ix] https://www.kaiho.mlit.go.jp/doc/hakkou/toukei/04.html
[x] REMOTE CONTROLLED AND AUTONOMOUS SHIPPING:UK BASED CASE STUDY, B.Soyer,A.Tettenborn,G.Leloudas,
[xi] ニュース等で報道されることは少ないが、毎月少なくない外国籍船が日本国内の港において違反等が発覚しており、その情報は、随時更新されている。https://www.tokyo-mou.org/inspections_detentions/detention_list.php
第3回 裁判管轄権と設計・製造段階における過失
3.自動運航船と刑事責任
(1)基本的な考え方
自動運航システムは、フェールセーフの原則に基づき、二重、三重にも危険を回避する措置を講じ、さらには、一定のマージンをとって運航されるものと思われる。加えて、運航領域、運航設計領域を設定しすることにより、特定の条件下においてのみ、いわゆる自動運航を行うことを許容することになる。
他方で、刑事責任を検討するにあたっては、衝突の発生地点(内水、領海、公海のいずれの海域で発生したのか)、被疑者が操船していた船舶の船籍、寄港国といった点に加え、自動運航船では、安全運航システムの認証やアップデートの有無、自動運航の安全操船のためのマニュアルやその手順の実施、さらにはROC所在国や航海における船長・航海士との役割分配、国籍やどこの国の海技免状であるかなども問題になり、検討すべき課題が山積することとなる。
以下では、外国籍船や外国籍の乗組員、国外にあるROCといった視点から運航面における刑事裁判権の所在と、刑事裁判権が我が国に存在することを前提に各段階における過失の有無に絞り検討を行うこととする。
(2)運航面における刑事裁判権の所在
我が国の領海において、船舶衝突事故が発生し、死傷の結果が生じた場合において、操船者のいずれか、または双方に過失があった場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立する可能性がある。これは、船舶の船籍、被疑者の国籍、被害者の国籍を問わずに成立するものである。刑法1条1項によれば、刑法は「日本国内において罪を犯したすべての者に適用」することとなっている。日本国内とは、日本国の領域である領土、領海、領空を指す。このため、領海において犯罪(業務上過失傷害罪を構成する事実)が発生した場合には、我が国が刑事裁判権を有することとなる。
公海上で同種の事故が発生したときに、属地主義(刑法1条1項)は適用されない。また、結果の発生を構成要件とする犯罪について、結果が日本船舶内で発生した場合(刑法1条2項)であったとしても、国連海洋法条約97条1項により、旗国及び乗組員の国籍国のみが刑事裁判権を有する。加えて、属人主義(刑法3条及び3条の2)には業務上過失致死傷罪が含まれていないから、属人主義により刑事裁判権を行使することはできない。また、同様の事例において、ROCが日本以外の国に存在した場合に、ROCからの指示等に過失があり、業務上過失致死傷罪を構成するような場合も同様に、我が国は刑事裁判権を持たない。もっとも、加害船やROCが何者かによりサイバーアタックを受け、一時的に操船指揮を乗っ取られたような場合、操船を乗っ取り、衝突するように仕向けた者がいる場合には、故意犯が成立する可能性があり、そのような場合には、「日本国外において日本国民に対して」、殺人、傷害致死、傷害罪を生じたさせたことになるから、刑法3条の2により、我が国が刑事裁判権を有する。
(3)設計、製造、搭載、運航及び保守の各側面における業務上過失致死傷罪の成否について
設計、製造段階において特定の部品が必要な強度を備えていない結果、死傷事故が発生した場合には、メーカーの一定の範囲の者が刑事責任を負うこととなる(最判平成24年2月8日)。このことは、物理的に必要な強度を有しているかどうかではなく、動作不良(船舶においては意図しない動きや船員の常務等に照らしリスクの高い判断・操船を行っていた場合など)が複数報告されていていたにも関わらず、必要なアップデートや対策を行っておらず、その結果、死傷事故が発生した場合には、刑事責任を負う可能性は生じる。また、電子部品にも当然、適正とされる耐用年数があり、それらについて適切な保守が行われず、死傷の結果が生じれば、刑事責任が生じる可能性は存在する。
ア、設計・製造段階における過失について
船舶の遠隔操船・自動運航は、本報告書記載の時点においては、未だ商業化は行われておらず、実証実験の途上である。これまで重大な事故等は報道されていない。
陸上交通の自動運行においては、過去にニュートラム(1993年10月)、ゆりかもめ(2006年4月)、金沢シーサイドライン(2019年6月)において暴走事故が発生している。このうち、金沢シーサイドラインについては、運輸安全委員会から、「本事故の背景には、2000型車両の設計・製造プロセスにおいて、同社、車両メ ーカー及び装置メーカーの間で設計体制、基本的な考え方、仕様等の認識に関する確認・調整や、設計前に安全要件の抽出が十分に実施されなかったために、逆走の発生に対する危険な事象の潜在的な原因が発生し、また、安全性の検証が不足したため、 この危険な事象の潜在的な原因があることや、逆走等の異常状態に対する安全確保が不足していたことに気付かなかった可能性が考えられる。」[i]との指摘があり、2023年6月には製造車両メーカーの従業員について書類送検がなされている(書類送検がなされたからといって刑事責任が生じるものではないものの、刑事責任の有無についての検討が開始されたということになる)。
自動運航システムについても同様に、設計、製造段階で現実化すべき危険が具体的に予見可能であったにも関わらず、排除できていなかった場合には、刑事責任の有無について検証されることにはなり得る。もっとも、自動運航船の場合には、IMOからMASSコード、SOLAS条約上の各種の基準が示されることになるであろうから、それらの基準を遵守している場合には、結果回避義務を履行していると評価されるか、もしくは予見が難しかったとされることも多いと思われる。加えて、通常は、ODDを設定し、その範囲での運航を行うにあたっては、理論上のみならず、実際の実験や実証実験及びその後のフィードバックや修正、そして追加の実験や実証実験などを繰り返し、安全性を高めていくものであり、ODDを外れた時点においてフォールバックの要求が出るため、ODDに問題がなければ衝突事故につながることは理論上はないこととなる。ただし、実際の動作領域の設定については、各社各様の安全設計思想・管理のもと行っていくものと思われ(低速船であるのか、中速船であるのか、あるいは船型、船種、海域、気象・海象、沿岸、輻輳、衝突のおそれの数値化)、一定程度の幅が生じることは否定できないものと思われる。実際の罪責の有無は、発生した時点での様々な条件をもとに検討することになろう。
(続く)
[i] https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/RA2021-1-1.pdf
第3回 裁判管轄権と設計・製造段階における過失
3.自動運航船と刑事責任
(1)基本的な考え方
自動運航システムは、フェールセーフの原則に基づき、二重、三重にも危険を回避する措置を講じ、さらには、一定のマージンをとって運航されるものと思われる。加えて、運航領域、運航設計領域を設定しすることにより、特定の条件下においてのみ、いわゆる自動運航を行うことを許容することになる。
他方で、刑事責任を検討するにあたっては、衝突の発生地点(内水、領海、公海のいずれの海域で発生したのか)、被疑者が操船していた船舶の船籍、寄港国といった点に加え、自動運航船では、安全運航システムの認証やアップデートの有無、自動運航の安全操船のためのマニュアルやその手順の実施、さらにはROC所在国や航海における船長・航海士との役割分配、国籍やどこの国の海技免状であるかなども問題になり、検討すべき課題が山積することとなる。
以下では、外国籍船や外国籍の乗組員、国外にあるROCといった視点から運航面における刑事裁判権の所在と、刑事裁判権が我が国に存在することを前提に各段階における過失の有無に絞り検討を行うこととする。
(2)運航面における刑事裁判権の所在
我が国の領海において、船舶衝突事故が発生し、死傷の結果が生じた場合において、操船者のいずれか、または双方に過失があった場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立する可能性がある。これは、船舶の船籍、被疑者の国籍、被害者の国籍を問わずに成立するものである。刑法1条1項によれば、刑法は「日本国内において罪を犯したすべての者に適用」することとなっている。日本国内とは、日本国の領域である領土、領海、領空を指す。このため、領海において犯罪(業務上過失傷害罪を構成する事実)が発生した場合には、我が国が刑事裁判権を有することとなる。
公海上で同種の事故が発生したときに、属地主義(刑法1条1項)は適用されない。また、結果の発生を構成要件とする犯罪について、結果が日本船舶内で発生した場合(刑法1条2項)であったとしても、国連海洋法条約97条1項により、旗国及び乗組員の国籍国のみが刑事裁判権を有する。加えて、属人主義(刑法3条及び3条の2)には業務上過失致死傷罪が含まれていないから、属人主義により刑事裁判権を行使することはできない。また、同様の事例において、ROCが日本以外の国に存在した場合に、ROCからの指示等に過失があり、業務上過失致死傷罪を構成するような場合も同様に、我が国は刑事裁判権を持たない。もっとも、加害船やROCが何者かによりサイバーアタックを受け、一時的に操船指揮を乗っ取られたような場合、操船を乗っ取り、衝突するように仕向けた者がいる場合には、故意犯が成立する可能性があり、そのような場合には、「日本国外において日本国民に対して」、殺人、傷害致死、傷害罪を生じたさせたことになるから、刑法3条の2により、我が国が刑事裁判権を有する。
(3)設計、製造、搭載、運航及び保守の各側面における業務上過失致死傷罪の成否について
設計、製造段階において特定の部品が必要な強度を備えていない結果、死傷事故が発生した場合には、メーカーの一定の範囲の者が刑事責任を負うこととなる(最判平成24年2月8日)。このことは、物理的に必要な強度を有しているかどうかではなく、動作不良(船舶においては意図しない動きや船員の常務等に照らしリスクの高い判断・操船を行っていた場合など)が複数報告されていていたにも関わらず、必要なアップデートや対策を行っておらず、その結果、死傷事故が発生した場合には、刑事責任を負う可能性は生じる。また、電子部品にも当然、適正とされる耐用年数があり、それらについて適切な保守が行われず、死傷の結果が生じれば、刑事責任が生じる可能性は存在する。
ア、設計・製造段階における過失について
船舶の遠隔操船・自動運航は、本報告書記載の時点においては、未だ商業化は行われておらず、実証実験の途上である。これまで重大な事故等は報道されていない。
陸上交通の自動運行においては、過去にニュートラム(1993年10月)、ゆりかもめ(2006年4月)、金沢シーサイドライン(2019年6月)において暴走事故が発生している。このうち、金沢シーサイドラインについては、運輸安全委員会から、「本事故の背景には、2000型車両の設計・製造プロセスにおいて、同社、車両メ ーカー及び装置メーカーの間で設計体制、基本的な考え方、仕様等の認識に関する確認・調整や、設計前に安全要件の抽出が十分に実施されなかったために、逆走の発生に対する危険な事象の潜在的な原因が発生し、また、安全性の検証が不足したため、 この危険な事象の潜在的な原因があることや、逆走等の異常状態に対する安全確保が不足していたことに気付かなかった可能性が考えられる。」[i]との指摘があり、2023年6月には製造車両メーカーの従業員について書類送検がなされている(書類送検がなされたからといって刑事責任が生じるものではないものの、刑事責任の有無についての検討が開始されたということになる)。
自動運航システムについても同様に、設計、製造段階で現実化すべき危険が具体的に予見可能であったにも関わらず、排除できていなかった場合には、刑事責任の有無について検証されることにはなり得る。もっとも、自動運航船の場合には、IMOからMASSコード、SOLAS条約上の各種の基準が示されることになるであろうから、それらの基準を遵守している場合には、結果回避義務を履行していると評価されるか、もしくは予見が難しかったとされることも多いと思われる。加えて、通常は、ODDを設定し、その範囲での運航を行うにあたっては、理論上のみならず、実際の実験や実証実験及びその後のフィードバックや修正、そして追加の実験や実証実験などを繰り返し、安全性を高めていくものであり、ODDを外れた時点においてフォールバックの要求が出るため、ODDに問題がなければ衝突事故につながることは理論上はないこととなる。ただし、実際の動作領域の設定については、各社各様の安全設計思想・管理のもと行っていくものと思われ(低速船であるのか、中速船であるのか、あるいは船型、船種、海域、気象・海象、沿岸、輻輳、衝突のおそれの数値化)、一定程度の幅が生じることは否定できないものと思われる。実際の罪責の有無は、発生した時点での様々な条件をもとに検討することになろう。
(続く)
[i] https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/RA2021-1-1.pdf
本記事は「令和5年度 無人運航船の法的責任に係る国際的な検討状況に関する調査業務」の調査報告書に基づき作成したものです。
(author詳細)
三好登志行(弁護士、海事補佐人)佐藤健宗法律事務所 | |
〇略歴 1999年 東京商船大学商船システム工学過程航海学コース入学(2001年中途退学) 2008年 神戸大学法科大学院卒業 2010年 弁護士登録。 2016年 海事補佐人登録 2025年 神戸大学大学院海事科学研究科博士後期課程 修了 〇主な取扱分野 船舶衝突事故(海難審判、刑事事件、民事事件) 〇これまでの主な論文 「海上衝突予防法5条の『見張り義務』の法的意義について:自動運航船を見据えて」三好登志行、藤本昌志、海事法研究会誌2019年5月号・2頁 ・「海上衝突予防法39条の「船員の常務」の法的解釈について―海難審判裁決取消請求判決から見た検討―」三好登志行、藤本昌志、海事交通研究第68, 87-98, 2019 “Study of Principles in COLREGs and Interpretations and Amendments COLREGs for Maritime Autonomous Surface Ships (MASS)”,Toshiyuki MIYOSHI, Shoji FUJIMOTO, Matthew ROOKS, Transaction of Navigation, 2021, vol 6,no1,pp11-18. DOI: https://doi.org/10.18949/jintransnavi.6.1_11 “Rules required for operating maritime autonomous surface ships from the viewpoint of seafarers”, Toshiyuki Miyoshi, Shoji Fujimoto, Matthew Rooks, Tsukasa Konishi and Rika Suzuki, The journal of navigation, pp. 1 – 16. DOI: https://doi.org/10.1017/S0373463321000928 Published online by Cambridge University Press: 10 February 2022 ・「船舶の自動運航(MASS)と刑事責任-専門性、新技術に対する観点から-」三好登志行、藤本昌志、海事法研究会誌2025年206号・2頁 〇これまでの主な研究会委員等 海上保安庁「自動運航船の運航にかかる勉強会」(2018年、2019年) 海上保安庁「自動運航船に対するCOLREG適用の在り方に関する検討委員会」 | |
- No.26-09「特集 無人運航船の法的責任(英国調査)」
- No.26-08「月刊レポート(2026年4月号)」
- No.26-07「海外情報 Seabot Maritime社 訪問」
- No.26-06「特集 欧州の無人運航船等導入PT動向②」
- No.26-05「海外情報 OI-2026 参加報告」
- No.26-04「月刊レポート(2026年3月号)」
- No.26-03「海外情報 国際救難連盟の活動紹介」
- No.26-02「月刊レポート(2026年2月号)」
- No.26-01「月刊レポート(2026年1月号)」
- No.25-12「特集 2025 年欧州動向と今後」
- No.25-11「月刊レポート(2025年12月号)」
- No.25-10「海外情報 MASS Sympo 参加報告」
- No.25-09「月刊レポート(2025年11月号)」
- No.25-08「海外情報 ICMASS-2025 参加報告」
- No.25-07「月刊レポート(2025年10月号)」
- No.25-06「特集 欧州の無人運航船等導入PT動向」
- No.25-05「月刊レポート(2025年9月号)」
- No.25-04「月刊レポート(2025年8月号)」
- No.25-03「月刊レポート(2025年7月号)」
- No.25-02「特集 無人運航船の法的責任(考察2)」
- No.25-01「特集 無人運航船の法的責任(考察1)」
- No.24-01「海外情報 ⾃律船舶での衝突回避の未来」

