欧州海上安全レポート
◆はじめに
2025 年10月14日、英国サウサンプトンのナショナル・オセアノグラフィー・センターで開催された「MASS North Sea MoU Symposium」に参加しました。
これまでのレポートでも報告してきた通り、自動運航船(MASS:Maritime Autonomous Surface Ships)技術は、AI・センシング技術の発展、通信インフラの高度化、さらには各国での制度検討を背景に、実用化に向けて着実に前進しています。一方で、サイバーセキュリティ、ヒューマンファクター、責任制度など、技術と制度の両面で検討すべき課題が依然として存在しており、国際的な議論が続いています。
こうした中、今回の主題であるNorth Sea MASS MoU (覚書)は、2023年11月に英国、ベルギー、デンマーク、オランダの4か国が署名したことを起点とし、その後、ノルウェー(2024年5月)が加盟し、協力体制を拡大してきました。さらにフランスとドイツも加盟し、本シンポジウム開催時点では7か国による協力体制となっています。。
この覚書(MoU: Memorandum of Understanding)は、北海において遠隔操作、自律航行、無人船など多様な運用モードのMASSが安全に運航できるよう各国が協力し、異なる規制や要件があっても国際的な運用を可能にするための知識・情報共有を促進することを目的としています。具体的な内容としては、リモートオペレーションセンター、管轄権、責任といった主要な課題に対し、可能な限り共通理解と整合性のある方針を策定し、共同で取り組むことを目指しています。なお、この文書は覚書であるため、いかなる法的権利や義務も創設するものではなく、法的拘束力はありません。
本シンポジウムは、英国海事沿岸警備庁(MCA:Maritime and Coastguard Agency)の主催により、加盟各国の海事当局、産業界、学術機関が一堂に会する場となりました。プログラムは以下の構成で進行しました。
(1) MoU パートナーからの報告
ノルウェー海事局のSifis Papageorgiou氏がMoUの経緯と今後の展望を報告したほか、フランス(Marie Bathilde 氏、生態移行・生物多様性・林業・海洋漁業省)およびドイツ(ChristianeStumpp 氏、連邦交通省/Corinna Schug氏、連邦海事水路庁)から、新規加盟国としての経験が共有されました。
(2) IMO MASS コードと法制度
Dr. Katrina Kemp(MCA)が非義務的MASSコードの進捗と策定状況と、2026年の採択から2032 年の義務的コード発効に至るロードマップについて報告しました。また、Dr. Frank Stevens(エラスムス大学)がMASSの法的側面を、Dr. Iva Parlov(BIノルウェービジネススクール)が国連海洋法条約(UNCLOS)との関係を論じました。Nick Fleming氏(BSI Standards)からは標準化とMASSの定義についての発表がありました。
(3) 産業界ショーケース(企業によるプレゼンテーション)
Uncrewed Survey Solutions、XOcean、Oshen、Exail の 4 社が自社の技術やそれらを生かした実証プロジェクトの成果などを発表しました。
(4) 学術・産業発表
ナショナル・オセアノグラフィー・センター、MAHI(Pieter-Jan Note氏)のほか、Dr. Erik Røsæg(オスロ大学)がCOLREG(国際海上衝突予防規則)とMASSの適合性について報告しました。
(5) ブレイクアウトセッション
以下の4テーマで分科会が開催されました:IMO定義・用語の実務的適用、船舶セキュリティ・サイバーセキュリティ(英国運輸省主導)、ヒューマンファクターと訓練(ロイドレジスター、デンマーク海事局)、自律性保証・テスト(国立物理学研究所、ヨーク大学)。
本報告は、上記プログラムに基づき、当日の議論を筆者なりに咀嚼し、特に注目すべきと感じたテーマについてまとめたものです。網羅的な記録ではありませんが、今後の議論の参考となれば幸いです。
◆North Sea MASS MoU の歴史的経緯
自動運航船をめぐる国際的な議論は2017年にIMOで開始され、2021年に既存条約の適用可能性に関する検討(RSE)が完了しました。北海沿岸諸国はこれと並行して地域協力を先行的に進め、国際標準化への知見蓄積に貢献しています。
◆IMO MASSコードの最新動向
シンポジウムでは、英国MCAのDr. Katrina Kempより、IMOにおけるMASSコード策定の進捗状況について報告がありました。
IMO は、2017 年の第98回海上安全委員会(MSC 98)でMASSに関する議題を設定し、MASS の安全・保安・環境面での運航方法を検討する規制スコーピング演習(RSE)を開始しました。RSEは2021年5月に完了し、MASSに対応するコードの策定が合意されました。なお、法律委員会(LEG)および簡易化委員会(FAL)のRSEは2022年に完了しています。
現在策定中のMASSコードは、目標指向型(goal-based)で、500GT超の貨物船を対象としています。MSC 110では、証書・検査、承認プロセス、ソフトウェア原則、通信、無線通信、海上保安強化のための特別措置、捜索救助など22章が最終化されました。また、MSC-MASS ISWG4では、第15章(配乗・訓練・当直)の検討やSTCWとの連携が議論されました。
今後のロードマップとして、2026年5月のMSC 111で非強制コードの完成が予定されており、各国当局は自国の判断で適用可能となります。同会合では経験蓄積フェーズ(EBP)についても議論される予定です。その後、2028年から義務的コードの策定が開始され、2032年に発効する見通しです。
◆各国の制度的取り組み
・フランス:リスクベース二元システム
フランスは、自動運航船を船舶のサイズとリスクレベルに基づいて2つのカテゴリーに明確に区分する革新的なアプローチを採用しています。小型・低リスク船舶を「Maritime Drones(海事ドローン)」として登録制のみで運航可能とし、大型船舶を「MASS」として従来型船舶と同等の認可制を適用します。
この二元システムにより、スタートアップ企業や研究機関が迅
速にプロトタイプの試験を実施できる環境を整備しつつ、大型船
舶の安全基準は維持するという、イノベーション促進と安全確保のバランスを実現しています。
・ドイツ:三層構造システム
ドイツは、MASSに関する規制を認証(Certification)、運航許(Operation Permits)、機器承認(Equipment Approval)の 3 つの層に明確に分類しています。船舶安全部門が認証を、連邦水路運送庁が運航許可を、連邦海事水路庁(BSH)が機器承認をそれぞれ担当する体制です。
包括的な国家法制度の整備を進めている最中であり、完全な枠組み確立までは「促進的かつイノベーション重視」の承認プロセスを採用しています。産業界のニーズを積極的に反映しつつ、国際規制プロセスを先取りしない姿勢を維持している点が特徴的です。
・英国:Innovation Hub 主導型
英国は、Maritime Innovation Hub の開設を通じた官民学連携の促進と、プリマスを国家海事自律拠点として位置づける戦略を採用しています。MCAのGwilym Stone氏は基調講演で、産業界・学術界・政府が一体となって自動運航技術の安全性と制度面を包括的に推進する方針を強調しました。
英国はIMO MASSコード策定において主導的な役割を果たしており、国内制度と国際標準の整合性確保を重視しています。試験海域の整備、標準化・認証体制の構築、産学官連携プラットフォームの提供を通じて、欧州全体の北海地域におけるMASSの実用化推進 に貢献しています。
◆国際法的課題と学術的議論
本シンポジウムでは、エラスムス大学のDr. Frank Stevens、BIノルウェービジネススクールのDr. Iva Parlov らの法学者から、MASSと国際法の関係について重要な指摘がありました。
・船長(Master)の法的地位
UNCLOS第94条は、旗国に対して船舶が「船長(master)および士官の指揮下にあること」を求めています。遠隔運航センター(ROC)の監督者を「Master」と呼称することの法的妥当性について問題提起がなされました。従来の船長概念と異なる役割・責任を持つ者に対し、不適切な法的含意をもたらすリスクがあるとの指摘です。
・旗国の管轄権と「実質的関連」
1982 年海洋法条約は、旗国と船舶の間に「genuine link(実質的な結びつき)」を要求しています。ROCが旗国以外の第三国に所在する場合の管轄権の問題、事故発生時の責任分担、二国間協定や外交的保護の枠組み整備の必要性が議論されました。
・データロギングと事故調査
IMO MASSコード草案第9.8bis章は、事故調査のための適切な記録保持を要件として定めています。航海データ記録装置(VDR)要件のMASSへの適用、データの電子的保存と可読性の確保、事故後のデータ保護・回収手段の整備が求められています。
◆産業界の実証実績
シンポジウムでは、複数の企業から自動運航技術の商業化に向けた実績等が報告されました。
企業名 特長など
Uncrewed Survey Solutions (USS)
24 時間リモートオペレーションが可能。ディーゼル電動設計によりCO₂排出量を97%削減。
X Ocean
USV による累計航行約185万kmを達成。風力発電・海底ケーブル保守などの調査で活躍。
Oshen
小型観測機 C-STARは50日以上の連続運用を記録。カテゴリー5のハリケーンの眼の壁に突入。
Exail
DriX O-16 がフランスからポルトガルまで自律航行を達成。ジブラルタル海峡を横断し、規制上の課題(STCWなど)を提起。
MAHI
モジュール式自律性スタックを提供。太陽光発電USVによる世界初の大西洋横断の経験。
産業界の報告から明らかになったのは、技術的実現可能性は概ね実証されており、主要な課題は越境運航における認証・許可の複雑さ、各国の運航許可制度の違い、保険制度の未整備など、制度面にあるということです。これらの課題は、まさにNorth Sea MASS MoUが知識・情報共有や共通方針の策定を通じて解決を目指している領域であり、産業界からのフィードバックがMoU の取組の重要性を裏付ける形となりました。
◆サイバーセキュリティの課題
英国運輸省のMatthew Parker氏とTolly Robinson氏によるワークショップでは、MASSにおけるサイバーセキュリティの重要性が議論されました。
遠隔運航船固有の脆弱性として、ROCへのサイバー攻撃・物理的侵入リスク、元従業員によるアクセス権限の悪用、接続機器経由の連鎖的障害などが指摘されました。IMO MASSコード第22章(セキュリティに関する章)の策定動向を踏まえ、港湾やデジタル基盤を含むグローバルな最低基準の整備が急務とされています。
◆まとめ
本シンポジウムへの参加を通じて、北海沿岸諸国における自動運航船政策の現状を確認することができました。
まず、地域協力の拡大が印象的でした。2023年の4か国体制から、わずか2年で7か国体制へと拡大したことは、MASSの越境運航を実現するために各国の規制を調和させる必要性が広く認識されていることを示しています。MoUは、こうした規制の違いを埋め、共通の方針を策定するための枠組みとして機能しています。 フランス・ドイツ両国の発表からは、既存の加盟国の経験を参考にしながら、自国の制度を柔軟に調整していく姿勢がうかがえました。
産業界ショーケースでは、測量・海洋観測分野を中心に商業レベルでの運用実績が報告され、技術的実現可能性はすでに実証できる段階にあることが確認できました。一方で、ブレイクアウトセッションにおけるサイバーセキュリティや人間要素に関する議論からは、制度面・運用面での課題が依然として残されていることも明らかになりました。
また、法制度セッションでは、UNCLOSやCOLREGとの整合性について活発な議論が行われ、国際法の枠組みの中でMASSをどのように位置づけるかが引き続き重要な論点であることが示されました。
今回のシンポジウムを通じて、国境を越えた官民学の協力による課題解決と社会実装のあり方を考察する機会を得ることができました。
IMO MASSコードの経験蓄積フェーズ(Experience Building Phase)に向けた準備が進む中、北海MoUのような地域協力が国際標準化に先行して実務経験を蓄積し、その知見を国際的な規制策定にフィードバックする役割を担っていることを実感しました。
- No.25-10「海外情報 MASS Sympo 参加報告」
- No.25-09「月刊レポート(2025年11月号)」
- No.25-08「海外情報 ICMASS-2025参加報告」
- No.25-07「月刊レポート(2025年10月号)」
- No.25-06「特集 欧州の無人運航船等導入PT動向」
- No.25-05「月刊レポート(2025年9月号)」
- No.25-04「月刊レポート(2025年8月号)」
- No.25-03「月刊レポート(2025年7月号)」
- No.25-02「特集 無人運航船の法的責任(考察2)」
- No.25-01「特集 無人運航船の法的責任(考察1)」
- No.24-01「海外情報 ⾃律船舶での衝突回避の未来」