欧州海上安全レポート
目次
25-11-1. EMSA、安全に関する包括的報告書を公表
25-11-2. ドイツ、MASSに関する円卓会議を開始
25-11-3. EUにおけるジャミング/スプーフィング対策
25-11-4. FRONTEX、衛星技術の活用可能性を報告
記事概要
25-11-1. EMSA、安全に関する包括的報告書を公表
《ポイント》
- EU旅客船の老朽化が構造的な安全課題として顕在化。
- 船員不足と脱炭素・自動化に伴う新たな安全リスクが拡大。
- 船齢構成や技術革新が安全管理等に及ぼす影響を整理する視点が示唆を与える。
《概要》
2025年12月8日、EMSAは、海事安全報告書『European Maritime Safety Report(EMSAFE)』第2版を公表しました。本報告書は、EU域内の海事安全の現状を分析し、旅客船の老朽化、船員確保の困難化、脱炭素化や自動化に伴う新たな安全課題を主要論点として示しています。特に代替燃料、バッテリー、MASSに関する安全基準や人材・訓練の重要性が強調されています。これらは今後の国際的な安全規制や実務に影響を与える内容となっています。
25-11-2. ドイツ、MASSに関する円卓会議を開始
《ポイント》
- ドイツはMASSに関する国内法整備に向け官民対話を本格化。
- 国際枠組みの未確定期を補う暫定的・実務的制度設計が課題。
- MASSを巡る制度形成の進め方が示唆を与える。
《概要》
2025年11月、ドイツ連邦海事・水路庁は、自律・遠隔操作船(MASS)に関する法的枠組みづくりを目的として円卓会議を開始すると発表しました。本会合は、国際海事機関で検討中のMASSコードやEU・地域的枠組みを踏まえつつ、ドイツ国内制度に反映することを狙いとしています。IMOの義務化コード発効までの移行期間や小型船中心の実運用への対応が背景にあり、研究開発や事業者の予見可能性向上が重視されています。こうした取組は、MASS実装を見据えた現実的な制度形成の一例と言えます。
25-11-3. EUにおけるジャミング/スプーフィング対策
《ポイント》
- EU域内でGNSSジャミング/スプーフィングが安全保障上の深刻な課題に。
- EUはEMSA・Frontex等を通じ技術・運用両面の対策を強化。
- GNSS依存リスクと代替・補完手段への備えが示唆を与える。
《概要》
EU域内では近年、GNSS信号に対するジャミングやスプーフィングが多発し、航空分野だけでなく海運分野にも影響が及んでいます。理事会や欧州議会では、ロシアに関連するとみられる妨害事案を念頭に、EUとして調整された対応の必要性が議論されています。実務面では、欧州海事安全庁によるAISスプーフィング対策や、FrontexによるGalileo技術を活用した実証が進められています。今後は、情報共有や技術実装を通じた実効的な海上安全対策につながるかが焦点となります。
25-11-4. FRONTEX、衛星技術の活用可能性を報告
《ポイント》
- FrontexはEO技術を国境管理支援の補完的手段として体系化。
- 海上監視では広域把握と犯罪・SAR支援の有効性と限界を整理。
- 衛星情報を前提とした海域状況把握の重要性が示唆される。
《概要》
2025年12月5日、Frontexは、国境管理における地球観測(EO)技術の活用可能性を整理した報告書を公表しました。本報告書は、Copernicus国境監視サービスの運用経験を踏まえ、海上監視を含む6分野のユースケースを分析しています。EO技術は現場要員を代替するものではなく、広域状況把握や事前分析を通じて各国当局の活動を支援する役割を担うとされています。一方で、他情報との統合やサイバーリスクなど運用上の課題も明示されています。
記事本文
25-11-1. EMSA、安全に関する包括的報告書を公表
2025年12月8日、欧州海事安全庁(EMSA)は海事安全報告書「European Maritime Safety Report(EMSAFE)」の第2版(対象期間:2019~2023年)[1-1]を公表しました[1-2]。本報告書は、EUおよび国際的な安全基準の発展・適用状況を踏まえつつ、EU域内の海事安全の現状と課題を整理することを目的としています。
報告書は海事安全に関する幅広いテーマを扱っていますが、特に次の点が重要課題として示されています。
第一に、EU加盟国旗を掲げて運航する旅客船の高齢化です。安全基準は原則として遡及適用されないため、古い基準で建造された船が一定数残ることが懸念されています。報告書によれば、EU加盟国旗の旅客船のうち38%は、損傷時復原性の基準がSOLAS 1960および1974に基づいていた時期に建造されています。
第二に、船員(船長・士官等)の確保と就業環境です。2019年と比べて、EU加盟国が発給した有効な資格証書(CoC)を保有する船長・士官の人数は2023年末時点で20%減少しており、英国のEU離脱の影響を調整しても7%減とされています。加えて報告書は、船員の就業条件が依然として厳しく、職業としての魅力に影響している点を指摘しています。
第三に、脱炭素化と技術革新に伴う新たな安全課題です。報告書は、代替燃料の導入が進む一方で新しいリスクが生じうること、バッテリー(船上の蓄電システム等)に関する国際的な安全基準が十分に整っていないこと、さらに自動化(MASS)を含む技術進展に合わせたリスク評価や人材・訓練の重要性を挙げています。また、旅客船分野では老朽化に加え、Ro-Ro船内での電気自動車火災など新しい火災リスクにも注意が必要としています。
なお同日、EMSAはリスボン本部で欧州海事安全会議を開催し、EMSAFE第2版の公表は、EUの海事安全課題を共通のデータと認識に基づいて議論する出発点として位置づけられました。
25-11-2. ドイツ、MASSに関する円卓会議を開始
2025年11月28日、ドイツ連邦海事・水路庁(BSH: Bundesamt für Seeschifffahrt und Hydrographie)は、MASS(自律・遠隔操作船)をめぐる法的枠組みづくりに向けて、「Runder Tisch – Autonome Schifffahrt(円卓会議)」を開始し、初回を12月12日に行うと案内しました[2-1]。円卓会議は、国家MASS調整ラウンド(nationale MASS-Koordinierungsrunde)の関係機関とも連携し、産業界・研究機関などのニーズを把握して、国内の制度整備に生かす狙いです。
円卓会議で念頭に置かれている国際的な枠組みとしては、IMOが検討中のMASSコード(SOLASを基礎とする枠組み)[2-2]や、EUのMASS試験・実証に関する運用ガイドライン[2-3]、北海沿岸国によるMASS MoU[2-4]などがあります。なお、ドイツのMASS MoUへの参加は2025年7月4日です。
国内法整備が必要とされる背景としては、主に次の点が挙げられます。第一に、ドイツでの申請は全長24メートルまでの小型船が中心で、国際枠組み(SOLASベース)だけではカバーしにくい領域があることです。第二に、IMOの義務化MASSコードは2032年の発効が見込まれており、それまでの期間を含めて国内での運用を支える仕組みが必要なことです。第三に、現状は申請を個別に審査しており、研究・開発や事業者にとっての予見可能性(法的安定性)が十分とは言いにくいことです。
こうした制度整備が求められる背景には、ドイツ国内でMASS関連の取り組みが進んでいることもあります。例えば、洋上風力発電所での遠隔操作作業艇の運用や、遠隔操作・自律航行に関する試験が挙げられます。また、過去に実施した「Galileo Nautic」プロジェクト[2-5]では、従来の手動船(例:DENEB)の改修により、通常の交通環境下で自動接岸を実現した事例が紹介されています。
BSHのヘルゲ・ヘーゲヴァルト長官は、国内外の「パズルのピース」を結集し、関係者をつなぎ、力を束ねることで、ドイツの海事産業を持続的に強化したい旨を述べています[2-6]。
25-11-3. EUにおけるジャミング/スプーフィング対策
過去数か月、EU域内では全地球測位衛星システム(GNSS: Global Navigation Satellite System)信号に対するジャミング(妨害)やスプーフィング(偽装)が各地で問題化しており、理事会(閣僚理事会)や欧州議会、関係機関の実務レベルで対応が議論されています。
理事会では、2025年12月5日の運輸・電気通信・エネルギー理事会で、リトアニアからGNSSのジャミング/スプーフィングに関する情報提供が行われました[3-1]。加盟国側の説明では、影響は航空分野にとどまらず、海運など他分野にも及んでいるとされています。また、妨害は偶発的というより、ロシア側(例:カリーニングラード等)に関連する発生源が増加しているとの問題意識が示されており、国際的な枠組みの観点からも深刻な課題として扱われています[3-2]。
欧州議会でもこの問題への注目は高まっています。たとえば2025年9月10日の討議[3-3]では、GNSS妨害が航空・海運の安全に与える影響が議題となり、欧州委員会側は「国際的な場での対応」だけでは不十分で、EUとして調整された行動が必要だとの立場を述べています[3-4]。さらに、航空分野では関係者と行動計画を準備中であること、海上分野でも加盟国・EMSAとともにインシデント共有等の枠組みを進めていることに言及しています。
実務面では、EMSAにおいてAISスプーフィングへの対応が進められています。HLSGがAISスプーフィングに関する作業部会の運営文書(ToR)を採択し、加盟国が専門家を指名したうえで、2024年11月19日にリスボンで第2回会合を開催し、AISスプーフィングの検出・評価や、GPS/GNSS妨害に関する知見共有を行っています[3-5]。また、EMSAは第10回自動行動監視・高度分析ワークショップを開催し、11加盟国と6つのEU機関から37名が参加して、AISスプーフィングの検出やGPS/GNSS妨害が異常行動監視(ABM: Anomaly Behavior Monitoring)アラートに与える影響などを議論しています[3-6]。
運用レベルでは、Frontexが2025年11月26日、航行信号がジャミングまたはスプーフィングされた際に巡視船の状況認識を支援するため、Galileoの航法メッセージ認証機能サービス「OSNMA: Open Service Navigation Message Authentication」を組み込んだ「Galileo-enabled asset tracking demonstrator」の小規模パイロットを実施したと発表しています[3-7]。参加機関にはEUSPA、ルーマニア沿岸警備隊、欧州委員会JRC、産業パートナーが含まれます。
総じて、GNSS妨害は航空だけでなく海上分野にも波及しており、加盟国側からはEUレベルでの調整・協調の必要性が繰り返し提起されています。今後は、欧州委員会が示している航空分野の取組や、海上での情報共有枠組みが、実効的な対策(技術・運用・国際対応)にどうつながるかが焦点になります。
25-11-4. FRONTEX、衛星技術の活用可能性を報告
2025年12月5日、Frontexは、国境管理における地球観測(EO: Earth Observation)技術の活用可能性を整理した報告書[4-1]を公表しました。Frontexは欧州委員会から委任を受け、2015年以降、Copernicusの国境監視サービス(CBSS: Copernicus Border Surveillance Service)の提供・発展を担っており、本報告書はこうした運用経験も踏まえて作成されたものです。Frontexは、衛星等の技術は現場の要員を置き換えるものではなく、展開前の状況把握を助け、各国当局の活動を支えるものだと説明しています[4-2]。
報告書では、海上監視、船舶検知、沿岸および国境前方(pre-frontier)監視、越境犯罪の追跡、陸上国境監視、不規則移民の監視という6つのユースケースを取り上げています。各分野について、ユーザーニーズ、運用例、SWOT分析を示し、EOが実務でどこまで有効かを整理しています。
海上分野については、衛星・航空データが、広域海域での状況把握や不審な動きの検知、捜索救助(SAR)の計画立案、越境犯罪の追跡支援などに役立ち得るとされています。一方で、治安環境の変化やサイバー攻撃リスク、他の情報源との統合といった観点から、技術の限界や運用上の課題も検討対象になっています。
本報告書は、国境・沿岸警備当局(国境管理任務を担う沿岸警備を含む)、政策立案者、研究者などに向けた共通の参照資料として位置づけられており、今後のCBSS等のサービス発展にも資する内容とされています[4-3]。
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)
- No.25-12「特集 2025 年欧州動向と今後」
- No.25-11「月刊レポート(2025年12月号)」
- No.25-10「海外情報 MASS Sympo 参加報告」
- No.25-09「月刊レポート(2025年11月号)」
- No.25-08「海外情報 ICMASS-2025参加報告」
- No.25-07「月刊レポート(2025年10月号)」
- No.25-06「特集 欧州の無人運航船等導入PT動向」
- No.25-05「月刊レポート(2025年9月号)」
- No.25-04「月刊レポート(2025年8月号)」
- No.25-03「月刊レポート(2025年7月号)」
- No.25-02「特集 無人運航船の法的責任(考察2)」
- No.25-01「特集 無人運航船の法的責任(考察1)」
- No.24-01「海外情報 ⾃律船舶での衝突回避の未来」