欧州海上安全レポート
2025 年9月24日、42のヨーロッパの人道支援および市民社会組織が、欧州委員会とイタリア政府に公開書簡を送付しました。これらの機関が対象となったのは、両者が移民管理を目的としたEUの多国間プログラムおよびイタリア・リビア間の二国間協定を通じて、リビア沿岸警備隊に資金提供、訓練、装備供与を行っているためです。EUが「アフリカのための緊急信託基金」を通じて資金を提供し、イタリアがその資金でリビア沿岸警備隊に対する訓練と装備供与を行っています。NGOは、この協力が海上で人々を危険にさらす部隊を支援していると主張し、協力の停止を求めています。
この要請の背景には、2025年8月24日にリビア沿岸警備隊がSOS MEDITERRANEEの救助船「オーシャン・バイキング」号に発砲した重大事件があります。当時、「オーシャン・バイキング」号は87人の救助者を乗せ、イタリアの海難救助当局(Maritime RescueCoordination Centre, MRCC)の許可を得て別の遭難船を捜索していました。リビアの領海外(沖合約40海里、約74km)で、リビア沿岸警備隊の巡視船が接近し、退去を要求しまし
た。NGOは、この要求は国際法に違反すると主張していますが、リビア側はこの事件についてコメントしていません。「オーシャン・バイキング」号がこの要求に応じる意思を示したにもかかわらず、リビア側は警告なしに発砲を開始しました。
報道によると、リビア巡視船上の2人の男性が、乗組員30人と救助された人々87人が乗船していた「オーシャン・バイキング」号のブリッジを標的に、15~20分間にわたり約100発以上を発射しました。このリビアの巡視船は、「リビアにおける統合国境・移民管理支援(SIBMMIL)」プログラムの下で2023年にイタリアが供与したものとされています。
NGOは、この事件によってヨーロッパとイタリアの資金提供が違法行為を助長し、容認していることが明らかになったと主張しています。彼らによれば、EUが供与した装備は移民の出国を阻止し、リビアへ強制的に送還するために使用されてきました。この協力の枠組みは、2017年にイタリアとリビアが締結した了解覚書(MoU)に基づいています。このMoUは主に、イタリアが国境管理と捜索救助活動のためにリビア当局へ支援を提供する形で実施されてきました。こうした状況を受けて、NGOは欧州委員会に対し、リビアとの全ての協力(捜索救助、訓練、装備供与を含む)を停止するよう強く求め、イタリアに対してはこのMoUを破棄するよう要求しています。
リビア当局は、自らの行動を移民管理と国家主権の一環として正当化し、不法出国の防止と遭難船の救助を行っていると主張しています。これに対しNGOは、このような阻止行為は強制送還に該当し、国際海洋法と人権法に違反していると反論しています。書簡はさらに、中央地中海における国家主導のヨーロッパ捜索救助ミッションの創設と、リビアから逃れる人々のための安全で合法的なルートの確立を求めています。署名団体には、SOS Humanity、Sea-Watch、国境なき医師団(MSF)などが含まれています。EUとイタリアの当局は、リビアとの協力は人命救助が目的だと主張しています。一方、NGOはマルタやギリシャに対しても類似の協定の見直しを求めています。
(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)