欧州海上安全レポート

記事
25-04-4. 海上インフラの軍事活用

EU政策専門メディアEuractivが報じたポーランドの海上風力発電所に関する記事によると、新たな海上インフラの建設において、ハイブリッド脅威のリスクを考慮した設計が増加しています。

 

記事では、バルト海のポーランド沿岸沖で建設中の風力発電所が、電力の供給だけでなく、ハイブリッド攻撃の監視・抑止にも重要な役割を果たすと伝えられています。「高さ120メートルのタワーは監視塔としても機能し、周辺海域および上空の敵対的な活動を常時監視する予定です」とされています。この風力発電所を運営するバルティック・パワー(国営エネルギー企業PKN ORLENとカナダの大手電力会社による合弁企業)は、ポーランド国防省の指示に基づき、風力タービンタワーにレーダーとセンサーを装備する計画です。

ベルギーでも、風力発電所の開発者は軍とデータを共有し、必要に応じて軍事機器の受け入れに対応できる体制を整えることが求められています。もともと風力タービンには、鳥類保護を目的として監視システムが導入されてきました。これらのシステムは、タービンブレードとの衝突を防ぐため、接近する鳥類を事前に検知し、一時的にタービンを停止させる機能を備えています。レーダー、高解像度カメラ、音響センサーを組み合わせることで、数百メートル先から鳥類を探知する技術が確立されています。

しかし、地政学的な緊張の高まりに伴い、こうした鳥類監視技術が小型の飛行物体を探知する能力に優れている点が注目され、ドローンや不審な航空機の監視など、安全保障目的にも転用可能であると評価されるようになってきました。

 

このような海上インフラの軍事的利用の背景には、バルト海で実際に発生したハイブリッド攻撃への対応があります。たとえば、ガーディアン紙などの報道によれば、フィンランド当局は2025年8月11日、ロシアの「影の艦隊」に所属するとされる油タンカーEagle Sの船長(ジョージア国籍)および一等航海士・二等航海士(いずれもインド国籍)を起訴したと発表しました。彼らは、2024年12月にフィンランドとエストニア間の海底ケーブルを故意に損傷した疑いが持たれています。これは、NATO加盟国のバルト海域におけるインフラ破壊工作に関する初の刑事起訴事案となります。

この船舶(クック諸島船籍)は、ロシアのウスト・ルガ港からフィンランド湾を横断して石油を輸送していた際、約90kmにわたりアンカーを海底に引きずった結果、高容量の電力・通信ケーブルに損傷を与えたとされています。このような海底インフラへの攻撃は、通信網やエネルギー供給に甚大な影響を及ぼす「ハイブリッド戦術」として注目されています。

 

風力発電所に装備された監視システムは、こうした不審な船舶の動向を早期に察知し、重要インフラの保護に寄与することが期待されています。数か月に及ぶ拘留ののち、当該船舶は現在、フィンランドからの出港を許可されていますが、起訴された3名の容疑者はヘルシンキ地方裁判所での審問に出廷する必要があります。フィンランドの副検事総長自らが、加重破壊行為および通信妨害の罪で起訴したことは、本件が国家安全保障上、極めて重要な事件とみなされていることを示しています。

(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石)

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