欧州海上安全レポート

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25-04-1. EMSAのアンモニア安全性研究

アンモニアは現在、海上輸送における温室効果ガス(GHG)排出要件を満たすための代替燃料の一つとして注目されています。そのため、EUレベルおよび国際海事機関(IMO)レベルの両方で、GHG排出削減目標の達成に貢献することが期待されています。

欧州委員会およびEU加盟国に対する諮問機関である欧州海事安全庁(EMSA)は、船舶用燃料としてのアンモニアの安全性に関する研究シリーズの第3部、第4部、第5部を新たに発表しました。この研究シリーズは2023年に開始されており、アンモニア燃料船のリスクとその軽減措置を評価しています。シリーズ全体はこちらからご覧いただけます。

 

この研究では段階的なアプローチが取られており、第1部(2024年公表)ではアンモニアの毒性、腐食性、水への溶解性など、物質自体の基本的な特性を分析しました。第2部(同年公表)では、重要機器と故障モードの特定、システムの信頼性評価、信頼性モデルの構築が行われました。

以下に、今回公表された第3部から第5部までの概要をご紹介します。

第3部:一般的な船舶設計のリスク評価

本報告書では、汎用的なアンモニア燃料供給システム(AFSS:Ammonia Fuel Supply System)に対する危険性と操作性の評価(HAZOP:Hazard and Operability Study)を実施しています。また、港湾での同時作業(SIMOPS:Simultaneous Operations)に関するリスク評価や、漏洩時の結果モデリングも提示されています。

アンモニアの毒性、腐食性、可燃性といった特性を十分に理解することが、効果的な安全対策の構築に不可欠であると強調されています。

 

第4部:バルクキャリア船設計のリスク評価

この報告書では、ニューキャッスルマックス型バルクキャリア船におけるアンモニア燃料の使用に関するリスクを評価しています。事故につながる要因を体系的に特定するHAZID(Hazard Identification)の手法により、潜在的な危険が洗い出されました。

特に、貨物の積み降ろし作業と燃料補給を同時に行うSIMOPSの場面では、重大なリスクが発生する可能性があると指摘されています。そのため、導入初期段階ではこのような同時作業を避けるか、段階的かつ慎重に導入すべきとされています。

※ニューキャッスルマックスとは、載貨重量約20万トンの大型ばら積み船で、オーストラリアのニューキャッスル港で取り扱い可能な最大サイズの船舶を指します。

また、アンモニアと貨物環境との化学的適合性や安全システムへの干渉については、さらなる評価が必要です。船内レイアウトや緊急対応体制も、アンモニアの特性に応じて最適化する必要があるとされています。

報告書では、主要な危険を伴うSIMOPSに焦点を当て、乗組員の訓練、緊急時の連携強化、大容量燃料タンクの導入など、インフラ面での改善を含む具体的な軽減策が提案されています。

 

第5部:RORO船設計のリスク評価

RORO船におけるアンモニア燃料の使用について、本報告書では次の3点から詳細な分析が行われました。

第一に、RORO船に必要な設計上の要件の検討、

第二に、事故発生時の影響範囲のシミュレーション、

第三に、アンモニア曝露による死亡リスクを統計的に予測するプロビット分析です。

アンモニアの毒性、腐食性、可燃性を踏まえ、報告書では二重バリア構造、短い配管経路、堅牢な検知機器、冗長な換気システムの導入が求められています。加えて、緊急時の対応計画には、安全な避難所、集合場所、明確な避難ルートの確保が必要とされています。

事故シナリオの分析によると、漏洩の規模によって危険範囲が大きく異なります。小規模な漏洩では1km以上離れていれば死亡リスクは1%未満ですが、大規模な漏洩では、250m以内の人の死亡リスクが70%を超える場合もあるとされています。これにより、迅速な避難の重要性が再確認されました。

 

EMSAは、今回の研究成果を将来的な規制に反映させるため、船主、造船所、港湾運営者などの関係者からの意見募集を開始しました。

一方、国際海事機関(IMO)は、2024年12月に「燃料としてアンモニアを使用する船舶の安全性に関する暫定ガイドライン(MSC.1/Circ.1687)」を承認しています。このガイドラインは、具体的な設計仕様を定めるものではなく、達成すべき安全目標や機能的要件を示した目標・機能ベースの包括的な枠組みとなっています。また、船舶設計、機器、運用、燃料供給、毒性の軽減、乗員の保護といった広範な分野を対象とし、十分な運用実績とデータが蓄積されるまでの暫定的な指針として活用されます。

EMSAは、自らが提示した具体的な技術提案が、IMOガイドラインとどのように整合し、実際の船舶運用において実現可能であるかについて、関係者の実務的な見解を求めています。

意見募集はこちらで実施されており、回答の締切は9月19日です。

(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石)

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