欧州海上安全レポート

25-07記事
No.25-07-04. EU-インド戦略的アジェンダ

2024 年9月17日、欧州委員会と欧州対外活動庁(European External Action Service,EEAS)は「新たな戦略的EU-インドアジェンダ」を策定しました。この文書には、海洋安全保障、海上安全、能力構築など海洋輸送に関連する複数の要素が含まれていますが、内容は比較的一般的であり、実施時期や期待される成果について具体性を欠いています。


一方、アジェンダの結びでは、EUがインドと協力し、共同で「EU-インド包括的戦略アジェンダ」を策定する方針を示しています。この共同文書は、2026年初頭にニューデリーで開催予定の次回EU-インド首脳会議で採択される見込みです。

 

EU はインド太平洋地域で複数の協力枠組みを展開しています。このアジェンダとEU-ASEAN戦略的パートナーシップは補完関係にありますが、アプローチには相違点があります。EU-インド戦略的アジェンダは、共同海軍活動や防衛産業協力を含む、より直接的で運用重視の協力を目指しており、軍事面に重点を置いています。一方、EU-ASEAN戦略的パートナーシップは、より外交的・制度的な性格を持ち、ASEANの枠組みを通じた多国間対話と能力構築により、地域の安定を支援することに重点を置いています。


※1 EU-ASEAN戦略的パートナーシップは2020年に確立され、現在は「行動計画2023-2027」に基づいて実施されています。このパートナーシップは、貿易・投資、海洋安全保障、気候変動対策、デジタル経済など幅広い分野での協力を含みますが、個別国との二国間協力であるEU-インド関係とは異なり、ASEAN10カ国との多国間枠組みでの協力です。海事分野では、海賊対策、違法・無報告・無規制(Illegal, Unreported and Unregulated, IUU)漁業対策、持続可能な漁業管理などで協力していますが、共同海軍演習や防衛産業協力のような直接的な軍事協力は限定的です。

 

海洋安全保障
このアジェンダでは、海洋安全保障分野での協力強化が提案されています。具体的には、EUとインドは新たな協力枠組みとして「EU-インド安全保障・防衛パートナーシップ」の創設を模索しており、これにより「海洋安全保障など共通の優先事項に関する、より緊密な協力と共同イニシアチブ」が可能になるとしています。このパートナーシップには、「共通の状況認識、調整、相互運用性を促進するための海洋領域認識(Maritime Domain Awareness, MDA)の強化」および重要海上インフラの保護が含まれる見込みです。

 

※2 「EU-インド安全保障・防衛パートナーシップ」は、戦略的アジェンダを実施するための制度的枠組みとして提案されているもので、アジェンダ文書そのものとは異なります。このパートナーシップは現時点では構想段階にあり、創設されれば海洋安全保障、サイバー防衛、テロ対策などの分野で実務的な協力を推進する役割を担うことが期待されています。

 

アジェンダによると、EUは「西インド洋における、より大きな情報共有と協力を促進するため、EU海軍作戦とインド海軍との間で取り決めを締結する」意向です。さらに「EUとインドは、ギニア湾など共通の利益を持つ他の地域でも共同海上活動を追求できる」としています。シャドウフリート(影の船団)の活動抑制とルールに基づく海洋秩序の維持も、共通目標として掲げられています。

 

海上安全について、アジェンダは「EUとインドは海上安全に関しても引き続き協力すべきであり、これには基準以下の船舶運航や危険な航行慣行によって引き起こされる環境および安全航行への脅威への対処が含まれる」と説明しています。

 

能力構築
能力構築について、アジェンダはEUが「地域の海洋安全保障枠組みを支援するためインドとの協力を深化させ、沿岸国が共通課題に対処する能力の強化を支援する」意向を表明しています。これには海洋領域認識に関する共同作業や、マダガスカルの地域海洋情報融合センターなど、地域の情報共有プラットフォームへの支援強化が含まれます。

 

アジェンダは「EUとインドは、インド洋諸国向けの能力構築プロジェクトでより緊密に協力できる」とし、共同の「EU-インドインド洋協力・訓練(Indian Ocean Cooperation and Training,IOCAT)海洋能力構築プログラム」という形を取る可能性に言及していますが、現時点では理論的提案に留まっており、正式なイニシアチブとしては確立されていません。


海洋領域認識と情報共有
海洋領域認識と情報共有の分野における主要な協力枠組みとして、EUが主導する重要海上ルート インド洋(Critical Maritime Routes Indian Ocean, CRIMARIO)プロジェクトがあります。このプロジェクトでは、インド洋地域情報共有(Indian Ocean Regional InformationSharing, IORIS)という情報共有プラットフォームが開発されており、インドの情報融合センター(Information Fusion Centre for the Indian Ocean Region, IFC-IOR)を含む地域各国の海事機関が、このプラットフォームを通じて情報を共有しています。

 

最近の協力例として、EUとインドは2025年10月13日から15日にかけて、無人航空機システム(Unmanned Aircraft System, UAS/ドローン)からの新たな脅威に対する重要インフラとソフトターゲットの保護を目的とした、この種では初のテロ対策演習を実施しました。

欧州対外活動庁(EEAS)の報告によると、この演習にはインドの国家治安警備隊(National Security Guard, NSG)と EU のハイリスク治安ネットワーク(High-Risk SecurityNetwork, HRSN)の専門家が参加し、ドローンとその迎撃システム(Counter-Unmanned Aircraft System, C-UAS)の運用能力向上に取り組みました。演習では、都市環境におけるドローン対テロ戦術の訓練と共同戦術シミュレーションが実施され、両部隊は実際の対応能力をテスト・強化しました。この協力を通じて、戦術的・技術的な知見が統合され、相互運用性が強化されました。演習の成果として、統合的なドローン・対ドローン運用の標準作業手順書が作成される予定です。


(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)

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