欧州海上安全レポート
日本海難防止協会 ロンドン連絡事務所
2024年11月20~21日、デンマーク・コペンハーゲンで開催された「Autonomous Ships 2024」カンファレンスでは、自律船舶(MASS: Maritime Autonomous Surface Ship)の開発と実装に関する最新の議論が交わされた。本稿では、特にCOLREG(1972年の海上における衝突の予防のための国際規則)の解釈と自律船舶への実装に関する議論に焦点を当て、デンマーク工科大学(Danmarks Tekniske Universitet)のYaqub Prabowo博士によるプレゼンテーションとそれに続くパネルディスカッションを紹介する。
なお、本稿においては、COLREG Rule2が規定するthe ordinary practice of seamenおよび同Rule 8が規定するgood seamanshipは、発言者のとおり記載する。
自律船舶の衝突回避フレームワーク
デンマーク工科大学のPrabowo博士は、「自律船舶のための衝突回避フレームワーク」と題したプレゼンテーションを行い、COLREGを遵守しながら、自律船舶が安全かつ効率的な航路を計画するためのフレームワークを提案した。
Prabowo博士はまず、COLREGのRule13〜15(追い越し、行き会い、横切り)について説明し、これらの規則が2隻の船舶の遭遇シナリオにおいて適用されることを示した。しかし、実際の航海では複雑な状況が発生することを指摘した。例えば、横切り状況において避航義務船が右舷側に浅瀬があるため右転できない場合、減速するか別の方法で避航する必要がある。このような状況では「Good Seamanship」が重要となり、航海士はリスクを軽減するための最適な判断を下す必要がある。
Prabowo博士は、安全で効率的な航路を生成する上での主な課題として、「Good Seamanship」の定量化を挙げた。海上では様々な特殊なシナリオが発生し、輻輳した水路や限られた航路など、複雑な環境での航行が求められることがある。そのため、「Good Seamanship」を定量化し、その評価に基づいて安全かつ効率的な航路を生成する方法が必要となる。
リスク評価と軌道計画の統合アプローチ
プレゼンテーションでは、衝突リスク、座礁リスクおよびGood Seamanship scoreを定量化するフレームワークが提案された。例えば、自船が追い越し船と横切り船の2隻のターゲット船、そして右舷側に浅瀬がある状況を例に挙げ、自律船舶はこれらのリスクを個別に定量化し、数学的な式を用いて総合的なリスク評価を行う必要があることが説明された。
衝突リスクの定量化に関して、Prabowo博士は「船舶ドメイン」の概念を導入した。自船と他船それぞれの位置、速度、針路に基づき、一定の時間範囲内での将来の衝突リスクを予測する方法が示された。このリスク評価は空間的リスク(船舶間の最小距離を船舶ドメインで正規化したもの)と時間的リスク(行動の緊急性)の組み合わせによって計算される。
より現実的なシナリオを考慮するため、Prabowo博士のチームはAISデータ(30万件以上の航海データ)を分析し、実際の航海では船舶の速度が変化することを確認した。これを受けて、確率密度関数を用いて船舶ドメインの定義を再構築し、確率論的な衝突リスク評価を導入した。この方法では、他船が速度を上げる可能性も考慮されるため、決定論的な方法と比較して約1分早く衝突リスクを検出できることが示された。
座礁リスクの定量化も同様に、浅瀬や陸地、その他の障害物との最小距離に基づいて計算される。また、Good Seamanship scoreについては、リスクの時系列データに基づいて定量化する方法が提案された。
安全性優先の軌道計画アルゴリズム
Prabowo博士は、これらのリスク評価を軌道計画に組み込む方法として、Informed RRT*(Rapidly-exploring Random Tree)アルゴリズムを用いたアプローチを紹介した。このアルゴリズムでは、現在位置から目標位置までの「木」を成長させ、衝突・座礁リスクを枝の色で表現する(赤:高リスク、緑:低リスク)。
最適化においては、安全性を第一優先、効率性を第二優先とする二段階の優先度決定方式が採用された。まず最小リスクの軌道群を選択し、その中から効率性(航路長、到着時間、エネルギーなど)に基づいて最適なものを選ぶアプローチである。
3つのシナリオでの検証結果が示された。第一のシナリオ(複数船舶との遭遇)では安全な軌道が生成できたが、第二のシナリオ(横切り船と右舷側の浅瀬)では、アルゴリズムが左転する軌道を生成した。これはCOLREG Rule13〜15に準拠していないため、今後の研究では左転ではなく減速を促すようアルゴリズムを改良する必要があると指摘した。第三のシナリオ(狭い水路)では左右どちらにも進めないため、唯一の選択肢として減速する軌道が生成された。
AISデータとの比較では、提案アルゴリズムによる軌道が、人間が生成した軌道より安全性が高いことが示されたが、この差異は船舶ドメインの定義(形状やサイズ)や時間範囲の違いに起因する可能性があり、さらなる検証が必要とされた。
パネルディスカッション
プレゼンテーション後のパネルディスカッションでは、COLREGの解釈と実装について活発な議論が行われた。特にGood SeamanshipとRule 16/17(避航行動)の解釈とアルゴリズムへの実装方法が焦点となった。
議論は、ある参加者からのPrabowo博士のプレゼンテーションに対する質問から始まった。この参加者は、Prabowo博士が言及したGood Seamanshipの解釈について質問し、具体的な事例はRule 16(避航義務船)とRule 17(保持義務船)に関連するものではないかと指摘した。参加者は、「多くの人がCOLREG Rule 2の重要性を主張するのは、Good Seamanshipの意味を正確に理解していないからではないか」という個人的見解を述べた。
これに対してPrabowo博士は、Good Seamanshipスコアの概念を用いて、標準的なCOLREGルールでは衝突を回避できない状況を定量化しようとしていると説明した。Prabowo博士は、確かにプレゼンテーションではGood Seamanshipを適用する良い例を示せていなかったことを認め、今後の研究ではRule 13から17までの他のCOLREGルールを含めた、より包括的なフレームワークの開発を目指すと述べた。
別の参加者は、「Rule 2は基本的に、ルールが役に立たない場合や、より良い解決策を見つけた場合にルールを無視できると言っているだけであり、これは通常のエンジニアリングアプローチとは異なる」と指摘した。これは自律船舶のアルゴリズム実装において大きな課題となっている点が浮き彫りになった。
自律船舶に特化した新たな衝突回避規則の必要性
後半のパネルディスカッションでは、自律船舶に特化した新たな衝突回避規則が必要かどうかという直接的な質問が投げかけられた。Prabowo博士は、現行のCOLREGが適用できない例が過去の事故から見つかるかどうかを調査する必要があると述べた。彼は、事故のほとんどは規則自体の問題ではなく、航海士がCOLREGを正しく適用しなかったことに起因するとの見解を示し、現行のCOLREGは基本的に適切であるが、さらなる調査が必要だと結論づけた。
計算効率と船舶の動的特性
議論はさらに、衝突回避アルゴリズムの計算効率と実装の課題にも及んだ。ある参加者は、台湾周辺の水路など船舶が輻輳する海域での2船問題や3船問題の計算複雑性について質問した。Prabowo博士は、彼らのアルゴリズムが短い軌道については通常のコンピュータで約5秒で効率的な解を見つけられることを説明したが、他船の軌道予測に機械学習モデルを組み込む場合など、より複雑な状況では計算上の課題が増大すると認めた。
シミュレーションの現実性に関する質問も提起された。ある参加者は、シミュレーターでの経験を引用し、衝突回避シナリオで非効率な旋回を行うか、船速を大幅に落とすかの選択を迫られた例を挙げた。彼は、シンガポール海峡を12ノットで航行する15,000 TEUのコンテナ船が4分以内に5ノットまで減速するよう指示された状況の現実性に疑問を呈した。そして、「船舶が実際に減速できるかどうか、どのようにして船舶の動的特性を理解しているのか、一般的なモデルなのか、特定の船舶モデルなのか」と質問した。
Prabowo博士は、現在のアルゴリズムでは最大加速度と最大減速度の境界値を仮定しているだけで、詳細な船舶の動的モデルはまだ使用していないことを認めた。これは将来の研究課題として残されている。
Good Seamanshipの定義と定量化の課題
別の参加者はGood Seamanshipの定義と定量化の難しさについて指摘した。彼は、Prabowo博士のプレゼンテーションで示された「ハードポート(取舵一杯)」の操船例を挙げ、「実際には、そのような大舵角操船によって船は大幅に減速するだろう。そしてこれを予測できないのであれば、それはCOLREGを適用しているだけでGood Seamanshipとは言えない」と述べた。
彼は、「Good Seamanshipは COLREGや国際裁判の判決に現れるが、捉えにくい概念であり、さらにそれを定量化することは困難だ」と強調した。むしろ、「COLREGをどの程度うまく適用しているかを定量化する方が良いのではないか」と提案した。
今後の研究課題
Prabowo博士は、今後の課題として以下の点を挙げた:
- より複雑なCOLREG規則の統合、特にRule 9(狭い水路)の実装
- 船舶の針路速力の変化に応じた現実的なモデル化、海流や波などの影響の考慮
- AISデータから航海士の行動パターン(リスク軽減の速さ、先を見越した行動か反応的行動か)の学習
- より正確なリスクモデルと計算効率のバランス
(所感)
MSC107では、COLREGの改正の要否について議論され、「人」ではなく「船舶」を主体としていることから、MASSコードをCOLREGに適合させることで改正しないことが確認された。今次会合でも、参加者の多くは現行のCOLREGは自律船舶にも基本的に適用可能であるという見解を示した。
他方、本カンファレンスで示されたPrabowo博士の研究やパネルディスカッションを通じて、Good Seamanshipの定量化、複雑な状況における衝突回避の意思決定プロセス、船舶の動的特性の正確なモデル化など、自律船舶への実装には依然として技術的課題が残されていることが明らかになった。
特に、避航義務船と保持義務船の行動やGood Seamanshipの解釈とアルゴリズムへの実装については、さらなる研究と標準化が必要であるという。
今後は、これらの技術的課題の解決に向けた取組みと並行して、自律船舶の運航に関わる法的・規制的枠組みも整備されていく必要があり、各国の国内法整備や国際的な基準の策定動向についても引き続き注視していくことが重要である。
写真は、いずれも筆者撮影。
(所長 川合 淳)