欧州海上安全レポート

No.25-02「特集 無人運航船の法的責任(考察2)」
第3回 裁判管轄権と設計における過失

3.自動運航船と刑事責任

(1)基本的な考え方

 自動運航システムは、フェールセーフの原則に基づき、二重、三重にも危険を回避する措置を講じ、さらには、一定のマージンをとって運航されるものと思われる。加えて、運航領域、運航設計領域を設定しすることにより、特定の条件下においてのみ、いわゆる自動運航を行うことを許容することになる。

 他方で、刑事責任を検討するにあたっては、衝突の発生地点(内水、領海、公海のいずれの海域で発生したのか)、被疑者が操船していた船舶の船籍、寄港国といった点に加え、自動運航船では、安全運航システムの認証やアップデートの有無、自動運航の安全操船のためのマニュアルやその手順の実施、さらにはROC所在国や航海における船長・航海士との役割分配、国籍やどこの国の海技免状であるかなども問題になり、検討すべき課題が山積することとなる。

 以下では、外国籍船や外国籍の乗組員、国外にあるROCといった視点から運航面における刑事裁判権の所在と、刑事裁判権が我が国に存在することを前提に各段階における過失の有無に絞り検討を行うこととする。

(2)運航面における刑事裁判権の所在

 我が国の領海において、船舶衝突事故が発生し、死傷の結果が生じた場合において、操船者のいずれか、または双方に過失があった場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立する可能性がある。これは、船舶の船籍、被疑者の国籍、被害者の国籍を問わずに成立するものである。刑法1条1項によれば、刑法は「日本国内において罪を犯したすべての者に適用」することとなっている。日本国内とは、日本国の領域である領土、領海、領空を指す。このため、領海において犯罪(業務上過失傷害罪を構成する事実)が発生した場合には、我が国が刑事裁判権を有することとなる。

 公海上で同種の事故が発生したときに、被疑者の操船する船舶が日本籍船であり被疑者に過失犯の実行行為を日本国籍船内において行ったと評価することができる場合、または被害者の操船する船舶が日本籍船であり犯罪の結果である死傷結果が同船内で発生したと評価できる場合には、「日本国外にある日本船舶・・・において罪を犯した」(刑法1条2項)に該当するものとして、我が国が刑事裁判権を有することとなる。しかし、公海上において、外国籍船を操船する者が日本国籍者を被害者とする業務上過失致死傷罪を構成する事実を発生させた場合においては、我が国は刑事裁判権を持たない。また、同様の事例において、ROCが日本以外の国に存在した場合に、ROCからの指示等に過失があり、業務上過失致死傷罪を構成するような場合も同様に、我が国は刑事裁判権を持たない。もっとも、加害船やROCが何者かによりサイバーアタックを受け、一時的に操船指揮を乗っ取られたような場合、操船を乗っ取り、衝突するように仕向けた者がいる場合には、故意犯が成立する可能性があり、そのような場合には、「日本国外において日本国民に対して」、殺人、傷害致死、傷害罪を生じたさせたことになるから、刑法3条の2により、我が国が刑事裁判権を有する。

(3)設計、製造、搭載、運航及び保守の各側面における業務上過失致死傷罪の成否について

 設計、製造段階において特定の部品が必要な強度を備えていない結果、死傷事故が発生した場合には、メーカーの一定の範囲の者が刑事責任を負うこととなる(最判平成24年2月8日)。このことは、物理的に必要な強度を有して否かどうかではなく、動作不良(船舶においては意図しない動きや船員の常務等に照らしリスクの高い判断・操船を行っていた場合など)が複数報告されていていたにも関わらず、必要なアップデートや対策を行っておらず、その結果、死傷事故が発生した場合には、刑事責任を負う可能性は生じる。また、電子部品にも当然、適正とされる耐用年数があり、それらについて適切な保守が行われず、死傷の結果が生じれば、刑事責任が生じる可能性は存在する。

 ア、設計・製造段階における過失について

 船舶の遠隔操船・自動運航は、本報告書記載の時点においては、未だ商業化は行われておらず、実証実験の途上である。これまで重大な事故等は報道されていない。

 陸上交通の自動運行においては、過去にニュートラム(1993年10月)、ゆりかもめ(2006年4月)、金沢シーサイドライン(2019年6月)において暴走事故が発生している。このうち、金沢シーサイドラインについては、運輸安全委員会から、「本事故の背景には、2000型車両の設計・製造プロセスにおいて、同社、車両メ ーカー及び装置メーカーの間で設計体制、基本的な考え方、仕様等の認識に関する確認・調整や、設計前に安全要件の抽出が十分に実施されなかったために、逆走の発生に対する危険な事象の潜在的な原因が発生し、また、安全性の検証が不足したため、 この危険な事象の潜在的な原因があることや、逆走等の異常状態に対する安全確保が不足していたことに気付かなかった可能性が考えられる。」[i]との指摘があり、2023年6月には製造車両メーカーの従業員について書類送検がなされている(書類送検がなされたからといって刑事責任が生じるものではないものの、刑事責任の有無についての検討が開始されたということになる)。

 自動運航システムについても同様に、設計、製造段階で現実化すべき危険が具体的に予見可能であったにも関わらず、排除できていなかった場合には、刑事責任の有無について検証されることにはなり得る。もっとも、自動運航船の場合には、IMOからMASSコード、SOLAS条約上の各種の基準が示されることになるであろうから、それらの基準を遵守している場合には、結果回避義務を履行していると評価されるか、もしくは予見が難しかったとされることも多いと思われる。加えて、通常は、ODDを設定し、その範囲での運航を行うにあたっては、理論上のみならず、実際の実験や実証実験及びその後のフィードバックや修正、そして追加の実験や実証実験などを繰り返し、安全性を高めていくものであり、ODDを外れた時点においてフォールバックの要求が出るため、ODDに問題がなければ衝突事故につながることは理論上はないこととなる。ただし、実際の動作領域の設定については、各社各様の安全設計思想・管理のもと行っていくものと思われ(低速船であるのか、中速船であるのか、あるいは船型、船種、海域、気象・海象、沿岸、輻輳、衝突のおそれの数値化)、一定程度の幅が生じることは否定できないものと思われる。実際の罪責の有無は、発生した時点での様々な条件をもとに検討することになろう。

  (続く)

[i] https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/RA2021-1-1.pdf

 

(author)

三好登志行(弁護士、海事補佐人)

佐藤健宗法律事務所

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