欧州海上安全レポート
本記事は「令和6年度 無人運航船の法的責任に係る国際的な検討状況に関する調査業務」の調査報告書に基づき作成したもです。
(author)
三好登志行(弁護士、海事補佐人)
佐藤健宗法律事務所
ヨーロッパの各国は、2010年代中頃から、自動運航船の研究、開発、実証実験を行い、商業運航を開始しつつある。国際海事機関(International Maritime Organization, 以下「IMO」という)においても、2017年以降、自動運航に関する検討が開始され、2026 年(Maritime Safety Committee(以下「MSC」という)111)においてMASSの非義務的コードを採択する予定である。日本国内でも、2016年から自動運航船の研究、実証実験が開始され、無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」では、日本各地で5つの実証実験が行われ 、stage2において2025年に向けて無人運航船の実用化が目指されている。
ヨーロッパのEU加盟国とノルウェー、アイスランド並びにイギリスと比較してみても、我が国における海難事故の発生件数は元来、少なくない。MASSの運航中、衝突事故が発生し死傷者が出た場合には、ⅰ刑事裁判管轄とその執行の問題が問題となる。また、MASS運航の安全性を確保するため、ⅱ個別法の刑事罰改正の要否といった問題や、ⅲ過失犯検討の視点なども問題となる。加えて、ⅳドローンシップの登場や、サブスタンダード船への対応の問題も生じるものと思われる。中でも、ⅲ過失犯の成否では、設計、製造、搭載、運航及び保守の各側面で問題となる。
本稿では、各国の状況を俯瞰しつつ、検討すべき上記課題に関する視点や、MASSが実用化され衝突事故が不幸にも発生してしまった場合の過失の有無を検討するものとしたい。
1.自動運航船に関する議論の進捗
(1)ヨーロッパにおける自動運航船の研究・開発と商業運航の開始
2010年代中頃以降、自動運航船に関するコンソーシアムがヨーロッパを中心にスタートした。例えば、Norwegian Forum for Autonomous Ships(NFAS)、Maritime Unmanned Navigation through Intelligence in Networks(MUNIN)、NOVel Iwt and MARitime transport concepts (NOVIMAR)、Advanced Autonomous Waterborne Applications Initiative(AAWA)、MAS Regulatory Working Group(MASRWG)、Association for Unmanned Vehicle Systems International(AUVSI)などがある。また、ヨーク大学は、ロイドレジスターとともに、The Assuring Autonomy International Programme (AAIP)を2018年からスタートし、自動運航船に関し、自律性を確保するための研究を行っている[i]。
ヨーロッパ各地で実証実験も盛んに行われ、2017年8月に北海におけるWärtsilä社の遠隔実証実験、2018年のロールスロイス社とフィンフェリーのParainenから Nauvoまでの自動運航、2020年2月のBastø Fosen、KONGSBERGとthe Norwegian Maritime Authority (NMA)が乗客と車両を載せた状態での自動運航に成功している。
また2023年6月、Zeam社は、ストックホルムにおいて、世界で初めて、商用自動運航フェリー(MF Estelle号)の運航を開始している[ii]。同船は、主に徒歩又は自転車の乗客を運送する船舶であるが、運航者は1人(船長のみ)であり(桟橋に改札員やロープを取り外しする職員もいない)、運航監視センターなどは持たず、離着桟から運航をすべて自動で行い、避航操船も自動で行われている[iii]。
(2)IMOにおける議論状況
IMOは、2017年、Maritime Safety Committee(MSC)の第98回のsession(以下、「MSC98」という)において、自律運航船に関する検討を開始し 、2018年のMSC99において、自律運航船を4段階に定義付けた[iv](以下、本報告書においては、Degree 3及びDegree 4の2つのレベルを中心に検討する。また、両レベルを合わせて自動運航船と呼ぶこととする)。
2023年に行われたMSC107では、非義務的コードは、義務的コードの採択(2028 年 1月1日に発効予定)に先立つ暫定措置として位置付けられ、非義務的コードの適用を貨物船のみに限定すべきであることに同意したが、これに高速船が含まれるかどうかの決定はMSC108まで延期された。また、MASSに乗船する船員および遠隔操作センターの遠隔オペレーターに対するSTCWの適用可能性について検討を委ねるのは時期尚早であることに同意した[v]。なお、非義務的コードの採択予定は2025年(MSC 110)から 2026 年(MSC 111)に変更することで合意されている[vi]。非義務的コードの検討においては、MASSの認証の検査・検査に関する基本原則、旗国外に存在するリモートオペレーションセンター(以下、「ROC」という)に対する監督の問題や、ConOps(Concept of Operations)、OE(Operational Envelope:運航(運用)領域)、ODD(Operational Design Domain:運航設計領域)といった用語に関する共通理解等が議論されている。
また、技術的・法的側面と責任に関する課題はいずれも考慮されるべきことを踏まえた上で、問題として、船長の役割と責任、リモートオペーレーターの役割と責任、法的責任に関する課題、MASSに関する定義と用語の統一[vii]などが認識されている。
加えて、裁判管轄権についても問題提起がなされており、国連海洋法条約 (以下、「UNCLOS」という)は、IMO条約ではなく、MASSはUNCLOSの法的枠組み内で運営される必要があるため、UNCLOSを考慮する必要がある[viii]と位置づけられている。この問題は、例えば、日本の船会社が運航する外航船について、旗国はX国、船上の船員の国籍はA国、ROCはB国に所在し、ROC内で操船するクルーはY国といったケースで、内水、領海、公海の各海域において、それぞれ海難事故が発生した際、誰に対し、どこの国の法律を適用して処罰することができるのか、あるいは執行できるのか、また、それに先立ち、これらに関わる人々の資格要件やその担保をどのように行うのかといった問題である。このような問題についても今後議論が深められていく必要がある。
(3)我が国における状況
我が国においても、2016年から船舶の衝突リスク判断と自律操船に関する研究[ix]が開始され、2018年には各地での実証実験[x]が行われた。そのほかにも、自律型海上輸送システムの技術コンセプトの開発[xi]や人工知能をコア技術とする内航船の操船支援システム開発[xii]などの研究開発も進んでいる。
無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」では、日本各地で5つの実証実験が行われ[xiii]、stage2において2025年に向けて無人運航船の実用化[xiv]が目指されている。
また、国土交通省は、2022年2月「自動運航船に関する安全ガイドライン」を策定し、設計・搭載・運航に関する基本的な考え方が整理されている[xv]。
今後我が国においても、前記(2)におけるIMOの議論を踏まえて、実証、商業化、法制の各側面から、さらなる検討が進められるものと思われる。
(続く)
[i] https://www.york.ac.uk/assuring-autonomy/maritime/
[iii] ただし、同船が運航する周辺区域は船舶の交通量が極めて少なく、筆者が調査を行った令和5年11月の往復乗船時は、季節や悪天候ということもあってか、視野の範囲内において横切り、反航、同航、漂泊等の船舶が一切存在しなかった。
[iv] https://www.imo.org/en/MediaCentre/PressBriefings/Pages/08-MSC-99-mass-scoping.aspx
[v] https://maritime.lr.org/MSC-107-Summary-Report?_gl=1*1u2xtg*_ga*MTM4NzY3MjU1Ni4xNjk2MDQ4NDc0*_ga_BTRFH3E7GD*MTY5NjA0ODQ3NC4xLjAuMTY5NjA0ODQ3NC4wLjAuMA
[vi] https://www.classnk.or.jp/hp/pdf/tech_info/tech_img/T1303j.pdf
[vii] https://www.imo.org/en/MediaCentre/HotTopics/Pages/Autonomous-shipping.aspx
[viii] 前掲注7
[ix] https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001581826.pdf
[x] https://www.mlit.go.jp/common/001246716.pdf
[xi] https://www.mlit.go.jp/common/001386876.pdf
[xii] http://www.maritime.kobe-u.ac.jp/news/2020/20201211.html
[xiii] https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/meguri2040
[xiv] https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/information/2023/20230720-92554.html
[xv] https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001461734.pdf
(author)
三好登志行(弁護士、海事補佐人)佐藤健宗法律事務所 | |
〇略歴 1999年東京商船大学商船システム工学過程航海学コース入学(2001年中途退学) 2008年神戸大学法科大学院卒業 2010年弁護士登録。 〇主な取扱分野 船舶衝突事故(海難審判、刑事事件、民事事件) 〇これまでの主な論文 “Study of Principles in COLREGs and Interpretations and Amendments COLREGs for Maritime Autonomous Surface Ships (MASS)”,Toshiyuki MIYOSHI, Shoji FUJIMOTO, Matthew ROOKS, Transaction of Navigation, 2021, vol 6,no1,pp11-18. DOI: https://doi.org/10.18949/jintransnavi.6.1_11 “Rules required for operating maritime autonomous surface ships from the viewpoint of seafarers”, Toshiyuki Miyoshi, Shoji Fujimoto, Matthew Rooks, Tsukasa Konishi and Rika Suzuki, The journal of navigation, pp. 1 – 16. DOI: https://doi.org/10.1017/S0373463321000928 Published online by Cambridge University Press: 10 February 2022 「海上衝突予防法5条の『見張り義務』の法的意義について:自動運航船を見据えて」三好登志行、藤本昌志、海事法研究会誌2019年5月号・2頁 〇これまでの主な研究会委員等 海上保安庁「自動運航船の運航にかかる勉強会」(2018年、2019年) |