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No.25-01「特集 無人運航船の法的責任(考察1)」
無人運航船の法的責任に関する一考察(その4)

第4回 運航、保守における刑事責任

 イ、運航

   運航面においても我が国での事故等は報道されておらず、まだ商業化されるには至っていない。

   他方で、自動車事故においては、いわゆるレベル2の自動運転中の事故について、運転者の刑事責任を認めた事例が存在する。被告人は、運転支援システム(自動運転レベル2)の搭載されていた普通乗用自動車で、高速道路を進行中、「強い眠気を覚えた時点で,本件運転支援システムが道路状況に応じた適切な動作をせず,又は本件運転支援システムでは対応し難い事態が生じたにもかかわらず、被告人が仮睡状態に陥るなどして前方を注視できず,被告人車を適切に操作しないことによって事故が発生して人が死傷する危険があり,被告人はそのことを予見し得たと認められる。」として、被告人の刑事責任を認めている(横浜地方裁判所令和2年3月31日判決)。もっとも、同ケースは、「本件運転支援システムは,自動車技術者協会(Society of Automotive Engineers)が策定した運転自動化レベルの区分においては,レベル2(一部自動化)に区分されるものであるところ,レベル2の自動化技術において,運転者は道路状況を監視する責任を有しており,いつでも又は瞬時の通知に基づいて制御を実施すべきものであり,システムは警告なしに制御を中断することができ,運転者は,いつでも車を安全に制御する用意をしておかなければならないとされている。」とされていたケースである。

   自動運航船の場合、ブリッジ又は船室に船長・航海士は存在するが、見張りは(一定程度)システムや航海計器、またはROCに移譲されているような条件下で、フォールバックの要請がある場合のみ自動から手動(本船)への運航を切り替える必要があるのか、それとも、フォールバックの要請のない場合でもあって、当時の条件からすれば、切り替える必要がある場合が存在するのか、といった点が問題となり、さらには、本船側の役割ないし責任とROC側の役割ないし責任といった論点も問題になり得ると思われる。これは、①動作領域の設定の問題、②衝突のおそれについて、各操船者が有している感覚(船員の常務に照らした合理的な知識と経験)の問題(ただし、衝突回避行動のタイミングや取るべき点については、船員ごとに一定の幅があり、さらには、国籍や船会社間によっても一定の差があるとされている[i])、③船長の役割と責任、ROCの役割と責任といった視点からの検討が必要になってくるものと思われる。

   さらには、ドローンシップやサブスタンダード船の観点から、④往来危険業務上過失致死傷罪には未遂罪はないことから、他船やマーチス等からみて、(システムの問題あるいはそれを運用する人の側の問題から)危険な操船を繰り返し行っている船舶への指導監督、停止命令、抑留、罰金刑の執行といった行政取締法規についても実効性のあるものとする必要があろう(なお、業務上過失往来危険罪(刑法129条)については、具体的危険犯であり、具体的状況から判断して実害の発生するおそれのある状態が必要であり、罪刑法定主義の観点から成立範囲は自ずと限界がある)。

またこれらいずれのケースにおいても、危険の現実化や過失の捉え方、因果関係、執行といった側面において検討するべき課題は多いように思われる。

 ウ、保守

   保守については、航海計器等が適切に作動するかどうかに止まらず、適切にアップデートされているか、動作保証の範囲内であるか、サイバーセキュリティ対策を履行できるか否か、その他通信環境は担保されているかどうかといった問題がある。特にアップデートの問題については、重大な欠陥が報告されたような場合にシステムの部分的運用停止の要否といった問題やその判断に至る経過や判断に至るまで万が一事故が発生した場合などの過失責任の有無など評価が非常に困難な問題がある。

   保守において適切さを欠き、具体的な予見・結果回避義務に違反したとみなされる場合には、罪責を負う可能性は一般論としては残る。

 

4 結語 

 MASSに関する各国の実証実験は、すでに中盤に差し掛かっており、実用化あるいは商業的実用化までもう一歩のところである。日本は、四囲を海に囲まれ、輻輳海域、海運の難所を多数擁する。このため、毎年、衝突事故は一定件数発生しており、既存船と比べヒューマンエラーが少なく安全性の高いものとして設計、運航されるべきMASSであってとしても、衝突事故に遭遇することは不可避ではないかと思われる。船我が国の刑事法制に照らした場合、具体的な予見可能性と結果回避義務違反があった場合には、刑事責任が発生する。加えて、これまで問題になることのなかった、HMIの観点等も加味されることになる。どの時点でのシステムからの介入要請が必要とされ、人による介入が必要とされるのか。機器・システムの増加に伴い、検討を必要とする事項も複雑さを増す。さらには、それらと相俟って関与する者の責任(役割)分担という問題は、避航動作の精度の問題とも相まって問題になってくるものと思われる。新たな技術開発、導入を委縮しないためにも、刑事責任が生じ得る範囲をその都度明確化しつつ、結果回避のための手法も新たな技術で補い、法的評価に耐えうる安全性、刑事責任といった問題を意識しつつ進めていくことが肝要であると思われる(おわり)

[i] https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-navigation/article/abs/rules-required-for-operating-maritime-autonomous-surface-ships-from-the-viewpoint-of-seafarers/C976CC6BEE640FA69B02F36DBE68D891

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