欧州海上安全レポート
第2回 海難事故と刑事責任
2.衝突事故の発生状況と刑事責任
(1)ヨーロッパにおける海難事故等の発生状況
EU加盟諸国27か国にアイスランドとノルウェーを加えた29か国での2021年における海難事故の発生件数は、2637件であり、負傷者は621人、死者は36人である[i]。死亡、負傷の主要な原因の1つに衝突事故が挙げられている[ii]。もっとも、報告書によれば、2021年はCovid-19の影響により例年より減少しているとの指摘もある。
2022年におけるイギリス船の世界中又はイギリス沿岸部で発生した海難事故の件数は、1263件である。このうちイギリスの商船又はイギリス以外の商船がイギリスの領海内で発生した事故の件数は、非常に重大な事故は14隻(13件)、重大な事故は46隻(45件)、重大でない事故は206隻(176件)となっている[iii]。また、イギリス商船のうち総トン数100トン以上の衝突事故は20件、総トン数100トン未満の衝突事故件数は31件、漁船は14件、イギリス以外の商船の衝突事故件数は8件であり、総計73件となっている[iv]。
イングランドとウェールズにおける司法統計によると、海上における生命を危険に晒した犯罪の類型(我が国における主に個別法違反に相当するものと思われる)では、2017年から2021年にかけて12件の有罪判決が宣告されている[v]。なお、イングランドにおいても日本と同様、衝突事故により人を死亡させた場合には、the gross negligence manslaughter(重過失致死罪と訳される)により有罪判決を受けることがある。もっとも、我が国の過失犯の構成要件とは異なり、危険の予見は不要であり、ある状況において合理的な行動を取ったか否かが問題とされる[vi]。
(2)我が国における海難事故等の発生状況
我が国における2022年の海難事故の発生件数は、1825隻(1650件)、死者・行方不明者数は65人であった[vii]。このうち2隻以上の船舶による衝突事故は、373件であった[viii]。
また犯罪類型別の刑事責任については、往来妨害罪が521件、過失傷害罪等が93件となっている(なお、同統計上は、過失傷害となっているが、刑法第28章を引用していることから、業務上過失致死傷罪を含む統計であるものと思われる)[ix]。
ヨーロッパのEU加盟国とノルウェー、アイスランド並びにイギリスと比較してみても、我が国における海難事故の発生件数は少なくない。それは我が国が四囲を海に囲まれ、輻輳海域が多数存在することによるものと思われる。
(3)各国における検討状況及び我が国における検討課題
本報告書作成時点において、MASSに関する船舶衝突事故の刑事過失責任について詳細に論じたペーパーなどは見つけることができていない。もっとも、イギリスにおけるMerchant Shipping Act 1995の適用の限界について、主にROCの所在や刑事裁判管轄権の観点からは一定の議論があり、前記1(2)における裁判管轄権の問題と通じるものである[x]。
今後、MASSが実用化されROCの支配下において操船中、我が国の内水、領海での衝突事故、公海上において我が国が刑事管轄権を持つ衝突事故において、死傷者が出た場合には、刑事責任の有無を検討する必要が生じ、また法整備ないしシステム開発においてそのような観点からの検討は不可欠である。その場合、主な議論の視点としては、ⅰ刑事裁判管轄とその執行の問題と、ⅱ個別法の刑事罰改正の要否、ⅲ過失についてどのように検討するべきかを挙げることができる。加えて、ⅳドローンタイプの船舶の登場や、サブスタンダード船[xi]への対応の問題も生じるものと思われ非義務的コードが確定した場合には、速やかに法整備並びに実際の対応についての準備が必要となるものと思われる。
[i] https://www.emsa.europa.eu/newsroom/latest-news/download/7362/4867/23.html
[ii] 前掲注16
[iii]https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1173305/MAIBAnnualReport2022.pdf
[iv] 前掲注18
[v] https://www.gov.uk/government/statistics/criminal-justice-system-statistics-quarterly-december-2022
[vi] Criminal Law: Text, Cases, and Materials,7th edition, 152, Oxford Univ Pr
[vii] https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/r4/k230112/k230112.pdf
[viii] 前掲注22
[ix] https://www.kaiho.mlit.go.jp/doc/hakkou/toukei/04.html
[x] REMOTE CONTROLLED AND AUTONOMOUS SHIPPING:UK BASED CASE STUDY, B.Soyer,A.Tettenborn,G.Leloudas,
[xi] ニュース等で報道されることは少ないが、毎月少なくない外国籍船が日本国内の港において違反等が発覚しており、その情報は、随時更新されている。https://www.tokyo-mou.org/inspections_detentions/detention_list.php